CX
2022/12/07

超専門メディア運営に学ぶ、「ファンマーケティング」実践術

INDEX

年齢や性別、職業といった属性ではなく、「〇〇が好き」といった嗜好や興味によってターゲティングを行い、ビジネスを実践していく「コンテンツマーケティング」や「ファンマーケティング」について、見聞きしたことがあるビジネスパーソンもいるのではないでしょうか。ターゲットの興味や要望に合うような商品・サービス・情報を発信し、より深い関係性をつくりながら安定的なビジネスにつなげていく。それをビジネス現場で実践するのはそう簡単なことではありません。

そこで本記事では、「強い嗜好を持ったファンをつかむ」ヒントを得るため、rakanu株式会社の湯川健太氏にインタビュー。湯川氏は、フレンチブルドッグ専門Webメディア「FRENCH BULLDOG LIFE(フレンチブルドッグライフ)」など、「犬種特化型メディア」という特定ターゲットに特化したメディアを複数運営しています。ファンマーケティングの最前線を歩き続ける湯川氏に、メディア運営のポイントについて聞きました。

「ペットオーナー」は多種多様。なのに「総合メディア」しかないところにチャンスを感じた

rakanu株式会社 湯川 健太氏

Q.湯川さんは、「犬種特化型メディア」を運営していますね。フレンチブルドッグだけを取り上げている「FRENCH BULLDOG LIFE(フレンチブルドッグライフ)」を皮切りに、今では「SHIBA-INU LIFE(柴⽝ライフ)」「Retriever Life(レトリーバーライフ)」「Dachshund Life(ダックスフンドライフ)」など、超ピンポイントなニーズに応えるメディアを運営するということは、そこにしっかりとファンを集め続けることが求められます。そういった経験を通じて、いわゆる「マーケティング論」にとどまらない、現場ならではの「ファンマーケティングのノウハウ」をお持ちではないかと思いますが、まずは、このようなメディア運営に至るまで、どのようなキャリアを経験してきたのか、教えていただけますか?

湯川:今の会社を立ち上げたのは2014年なんですが、もともとは事業コンサルティングやデジタルマーケティングを生業にしており、大手IT企業に常駐していたこともあります。そういった仕事をしている中で、2006年に創刊したフレンチブルドッグ専門雑誌『BUHI』に出会いまして、自社事業としてメディア事業をやりたいな、と思ったんです。そこで2016年に、フレンチブルドッグ専門Webメディアとして「FRENCH BULLDOG LIFE」を立ち上げました。

Q.いきなりメディア事業を立ち上げる、しかも犬種特化型というのは、なかなか勇気が要ったのではないかと思うのですが、どのような思いがあったのでしょうか?

湯川:日本では少子高齢化が大きな課題となっていますが、その流れの中で、今ではペットの数が子どもの数を超えたといわれています。例えば総務省の発表によると、15歳未満の子どもの数は、1,493万人で過去最少(2021年4月1日現在)。一方で、犬と猫の飼育頭数合計は、約1,605万頭(一般社団法人ペットフード協会調べ、2021年度)。そして、2022年のペット関連総市場(ペットフード、ペット用品、生体+サービス分野)は、約1.7兆円と予想されています(矢野経済研究所調べ)。実は、犬+猫の飼育頭数は微減傾向にあるのですが、市場は逆に微増しています。つまり、ペット1頭あたりにかけるお金は増えているんです。となると、少なくとも日本のペット関連市場は「成長市場」と捉えることができます。

加えて、ペット関連の検索数の推移を見ていくと、検索数全体は大きく変動していないのですが、犬種ごとの検索数は増えているという傾向が見られました。つまり「ペットについて知りたい」「犬について知りたい」というのではなく、「フレンチブルドッグについて知りたい」「柴犬について知りたい」というニーズが増えてきている。であれば、このニーズに応えていけばいいのではないか、と考えました。

「犬」といっても、チワワのような小さい犬もいればレトリーバーのような大きい犬までさまざま。そして、実は「犬種」によって性格やカラダの特徴などは全く異なります。ですが、既存のペット関連メディアは、基本的には特定の犬種に限定せず、汎用的な情報を提供するものが多かった。そんな状況を受け、犬種ごとに異なる情報を提供できれば、よりオーナーのニーズに合うのではと思い、1つの犬種に特化したメディアを提供して、ファンとのエンゲージメントを高めながら、それを犬種ごとに横展開していく、というやり方にチャレンジすることにしました。犬種特化型だからこそ、オーナーの悩みにしっかり応えられるし、きちんと目的を持って読んでくれる人たちが集まってくるのではないかと考えたんです。

最初から、やれることは全部やる。1つの成功事例が次につながる

Q.なるほど。そのお話を聞くと、「総合的なペットメディア」とは異なる「犬種特化型メディア」にもポテンシャルがあるような気がします。とはいえ、いざ立ち上げようとなると、さまざまな懸念も生じてくるのではないでしょうか。例えば「本当にそのメディアはスケールするのか?」という不安はありませんでしたか?

湯川:確かに不安はありましたね。ですので、立ち上げた当初は「できることは全てやろう」と計画を立てました。情報発信はもちろんですが、最初からECやリアルイベント、保険の取り扱いも行いました。とにかく1犬種で軌道に乗れば、その先は犬種を広げていけばいいということが見えていたので、スケールメリットに頼らず、やれることをやろうという感じでしたね。

Q.犬種を絞るということは、記事コンテンツの質も高くないと、読者が満足しないのではないか、という気もするのですが、そこは自信があったのでしょうか?

湯川:もともと、フレンチブルドッグ専門雑誌として『BUHI』というものが2006年からあり、そのスタッフと統合するような形で「FRENCH BULLDOG LIFE」を始めたので、そういう意味では、質の高い記事をつくり続ける体制は最初から整っていました。その中で、「動物エンタメメディア」ではなく、真面目にオーナーの悩みに対応するような記事を発信していきました。

記事制作にあたっては、オーナーがどんな悩みを検索しているのかを調べましたが、検索量自体はそれほど多くはなかったんです。つまり悩みが顕在化しているオーナーは少ない。それでも実際は「なんとなくいろいろと悩んでいる」んです。そこで、オーガニックの流入を稼ぐような記事ではないけれど、サイト内を回遊しているとどんどん読みたくなるようなコンテンツに力を入れています。

ファンに「寄り添いすぎる」と飽きられる。あえて適度な距離感を保つ

Q.読者のサイトに対するエンゲージメントを高めていくために、どのようなことを心掛けていますか?

湯川:誤解を恐れずに言うと、あまり読者に「寄り添い過ぎない」ようにしています。読者が「欲しい!」と思うものに応え続けるというよりは、むしろ少し距離を置いて、「こういうものが欲しいのでは?」と私たちがリードしていくようなスタンスです。

寄り添い過ぎると、飽きられてしまうんじゃないかと思うんです。私たちは、「『FRENCH BULLDOG LIFE』が好き」と人前で堂々と言えるような、ちょっと格好いいというか、クールな存在感を発揮したいと思っています。そのためには、ちょっと手の届かないような立ち位置にいることが大事なのではと。偉そうな言い方で申し訳ないのですが(笑)。

Q.「欲しいものに応える」というよりも「半歩先を行く」という感じでしょうか。では、どうしたら「読者の半歩先を行く」ような企画が実行できるのでしょうか?

湯川:基本中の基本かもしれませんが、やはり「その犬種(例えばフレンチブルドッグ)をめちゃくちゃ好きな人が作っている」ということが大事なのだと思います。フレンチブルドッグも好きだし、そのオーナーのことも大好きな人間が、とにかく1日中犬のことを考えている。そんな人の頭の中の世界を形にしていくような感じですね。そして、企画で重視しているのは「編集者自身がいかにアガれるか=リアルなワクワク感があるか」です。それは数字や論理では説明できないものがほとんどですが、だからこそ「読者の半歩先」をいけるのかな、と思っています。実際に反響が良い企画は、そういったものがほとんどで、その成功をまた次につなげていく、という流れを大切にしています。

ファンの興味のボタンは多様。手段よりも「そこにしかないもの」があるかどうか

Q.湯川さんが取り組まれていることはメディア事業です。一方で、「ある特定の犬種に興味のある人に向き合っている」という点では、まさに「ファンマーケティング」を実践している、と考えることもできると思います。湯川さんにとってファンマーケティングを成功させるポイントは何でしょうか?

湯川:メディアをつくるという点で言えば、非常にありきたりな回答になってしまいますが「ファンを飽きさせない」ということになると思います。「メディア=記事発信」と捉えると、それはつまりテキストと画像と動画でどうするか、という点に落ち着きがちですよね。でも私たちは、EC(オリジナルプロダクト販売)もリアルイベントもやっています。大切なのは、「そこにしかないもの」があること。それはサービスや商品、そしてイベントも含め、手段は何でもいいんです。とにかく、記事の内容がどうこうだけではなく、いろんな球をたくさん打つことが大事なのだと思っています。

そもそも、どういった人を「ファン」と捉えるか、ということも重要です。月に1回サイトに来てくれればいいのか?週に1回なのか?それとも、あまり来なくてもいいから買い物をしてくれればいいのか?私たちは、とにかく来訪頻度を増やすことが大事だと現在は捉えています。月1回の来訪を週1回に高めるにはどうしたらいいのか、そのための手段は記事なのか、オリジナルプロダクトなのか、座談会イベントなのか。ファンの興味のボタンはいろいろあるので、とにかくそれを刺激することが大事だと思います。例えば、私たちのサイトではよくオリジナルの商品を制作してECで販売しています。これらは正直なところ、あまりお求めやすい価格帯ではないのですが、ありがたいことに、発売するとおおむねすぐに完売します。数はたくさん作らないのですが、ファンに面白いと思ってもらえるものを高頻度で売り出していけば、頻繁にチェックしようと思ってくれる。そうやって喜んでいただくことを重視しています。

Q.この先、どのような展開をお考えですか?

湯川:まず「to C」、つまり読者向けに対しては、「リアルイベント」に注力しています。実際に先日(2022年11月)、「フレブルLIVE 2022」というリアルイベントを初開催しました。フレブル関連の企業100店舗の出店に加え、フレブルオーナーのスチャダラパーさんなどのアーティストによるLIVEコンテンツもある、「ドッグイベント×音楽フェス」という国内でも初めての試みでした。おかげさまでフレンチブルドッグのオーナーだけで約4,000人、2,500頭に参加いただき、手応えを感じています。
そして「to B」の視点で言えば、ペットオーナーに対するマーケティングの最前線に立ちたいと思っています。つまり「ペット向け」ではなく「オーナー向け」の視点でマーケットを見る、ということです。

人は、犬を飼い始めると、消費行動が大きく変わるんです。例えば旅行に行くにしても、「愛犬と泊まれる宿」に行くようになる。愛犬と出掛けやすい車、服、靴が欲しくなる。これは「子ども軸」でものを選ぶようになる子育て世代と同じことなんです。家電において、「空気がきれいになります」というコピーでは買う気にならなかったものが、「子どものアレルギー対策に良い」と言われると買ってしまう、ということがありますよね。同じく、愛犬向けに作られたものではなくても、「愛犬にもいい」と言われるとオーナーが選ぶ、という消費行動がある。そういったマーケティングをもっと進化させていきたいと思っています。

 


 

「犬種特化型メディア」だから、いかに読者の嗜好に合った記事を出し続けられるかがポイントではないか、と思っていましたが、湯川氏の「手段は何でもいい」という意見は非常に示唆に富んでいます。重要なのは「ファンをどう刺激するか」であり、そのためにできることをどれだけやり続けられるか。そのためには「ファンとはどういう人か」を徹底的に知らなければなりません。

一方で、ファンの嗜好が分かれば、マーケティングの世界も変わってきます。「同じ商品・サービスでも、自分のニーズ目線で語られるかどうかによって、それが欲しいものに変わる」。これこそマーケティングの本質ではないでしょうか。リアルなファンマーケティングとは、お客さまのニーズに徹底的に向き合うことであり、それは決して特別なことではなく、純粋にマーケティングをやり切ること、なのかもしれません。

電通グループでは、顧客のニーズをつかみ、効果的なマーケティングを推進するための知見やソリューションを持っています。ファンマーケティングの導入を検討されている方は、CONTACTからお問い合わせください。

この記事の企業サイトを見る
rakanu株式会社

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

RELATED CONTENTSあわせて読みたい
VIEW MORE POSTSCLOSE
RECOMMEND CONTENTSTSCからのおすすめ
VIEW MORE POSTSCLOSE