コロナ禍の影響でECが活況を見せる中、商品のミスマッチなどによる返品率の上昇が問題となっています。そんな状況下で人気を博しているのが、オンラインショッピングでありながら、衣類の試着ができる「TBYB(Try Before You Buy)」と呼ばれるサービス。その他にも、返品を気軽に行えるような仕組みを導入する企業が次々に登場しています。「返品がさらに増えてしまうのでは?」など、一見するとデメリットが大きいようにも思えるこうした取り組みは、顧客と企業の双方にとってどのような利点があるのでしょうか。
今回は「TBYBのような"返品しやすい仕組み"を作ることは、顧客体験の向上にどのように寄与するか?」というテーマの下、EC事業における「返品」問題との向き合い方について考えます。
「ECへの不満」を解消する、TBYBというサービス
「ECサイトで洋服を買ったけど、実際に着てみたらサイズが合わなかった」「着られないけど、返品が面倒だからそのまま放置している」……といった経験はありませんか?
EC プラットフォームを提供する株式会社AtoJが行った「ファッション・アパレルサイトの利用に関する調査」によると、ECを利用した買い物で「顧客が不便・不快と感じた」ことのワースト1は「実際の商品とイメージが違う(34.5%)」、ワースト2が「写真を見てもサイズ感がわからない(31.0%)」だったといいます。この結果に、深く共感を覚える人は多いのではないでしょうか。
そうした状況を打開するべく、ECを運営する企業やブランドが取り入れ始めているのが、「TBYB」と呼ばれる試着サービスです。その名の通り、購入前に商品を試せるというもので、ビッグ・テックの1つに数えられる大手通販サイトが導入したことで認知されるようになりました。この通販サイトの場合は、商品が届いてから最長7日間のうちに試着し、気に入ったものだけを購入できます。
TBYBが通常の「返品」と大きく異なるのは、注文の時点では代金の支払いが発生しないこと。手元に届いた商品を試着した後に、購入を決めたものだけ支払いをする仕組みで、返品する場合も送料はかかりません。そのため、色違いやサイズ違いをまとめて取り寄せて試す、といった使い方も可能。ECにおける「実際に手に取って試せない」という問題を払拭し、「イメージと違った」「サイズが合わなかった」といったミスマッチを防ぐことができます。
ほかにも、ECでの返品方法の変更や条件の見直しなど、TBYBに類似した取り組みを行う企業は増えています。
事例1:ファストファッションブランドが掲げる返品ポリシー
返品する際、送料は顧客側の自己負担とするECが多い中、このブランドでは、「損傷や汚れがない」「未着用」などの条件にかなえば、万一サイズが合わなかった場合、着払い(送料無料)・手数料なしで返品可能としています。
サイズが合わないという問題が起こりやすいのが、子ども用の服や靴。成長スピードが速く、今までのサイズがすぐに小さくなってしまうケースも少なくないでしょう。返品のハードルが低ければ、注文した服を試してみて、サイズが合わなかったら別のサイズに交換する、といった買い方が今までよりも気軽にできるようになります。
事例2:眼鏡ブランドが展開する5日間の無料トライアル
2010年にニューヨークで創業した眼鏡のスタートアップ企業が行っているのが、EC事業における眼鏡の無料トライアルです。サイト上で7つほどの質問に答え、レコメンドされた眼鏡の中から試着したいものを5つまで選択できるサービスで、レコメンドされた眼鏡のフレームなどを、さらに自分好みに変更して注文することも可能です。
眼鏡と一緒に返送用ラベルがついたボックスが届き、試したサンプルはそれを利用して無料で返送できます。5日間、自由に試着できるので、周囲の意見も聞きながら、お気に入りの一点を見つけられると人気を集めています。なお、「商品レコメンド」に関する情報は、こちらの記事でも解説しています。
このように、これまで店頭に足を運ばないとできなかった試着やトライアルが、ECでも可能になったことの意味は大きいと言えます。TBYBに代表されるこうした施策は、実店舗と比較した際のEC側のデメリットや顧客の不満を解消する一手となることが期待されているのです。
「返品」ではなく、「試着」というポジティブな発想へ。ユーザー志向のTBYBモデル

「購入前に実物を確かめられない」というEC特有の課題に取り組む「TBYB」は、顧客にとって非常に魅力的なサービスでしょう。しかし一方で、返品の機会を増やしてしまうことも事実。事業者にとってメリットはあるのでしょうか。
TBYBは返品のハードルを下げることから、一見すると、事業者側にはデメリットが大きいように思えます。実際、アメリカではコロナ禍の影響もあり、2020年のECにおける返品率が前年の2倍以上になったという調査結果があります。全米小売業協会(National Retail Federation)が行ったこの調査によると、2020年のアメリカの小売総売り上げ高のうち、ECが占める割合は5,650億ドル(14%)で、オンラインで購入された商品の中で約1,020億ドルが返品されているといいます。
日本ではECの返品率は5〜10%程度とされていますが、アメリカではおよそ18%と、返品する人が多いことが分かります。返品を前提に購入する人も少なからず存在し、返品された商品は廃棄・または二次流通に回さざるを得ないという現実もあるようです。
こうした状況は、「返品によるコストの増加」であることは確かです。しかし見方を変えると、多くの返品が発生しているということは、それだけ多くの商品を顧客が手に取っているということでもあります。TBYBはどちらかといえば、後者の視点に立った取り組みと言えるでしょう。これまでリスクと捉えられていた返品を、顧客体験の1つとしてサービスへと転化させる。こうした発想の転換は、他社との差別化につながり、EC事業を拡大へと導く上で重要と考えられます。
あらためて、前章で取り上げた、ECの眼鏡ブランドの例を見てみましょう。「眼鏡選びは簡単で、楽しくないといけない」というブランドコンセプトを掲げるこの企業。その具体策の1つとなっている眼鏡の無料トライアルは、ミレニアル世代が持つ「SNS映え」の希望にうまくフィットしています。米国の「Crowd Twist」が行った調査によれば、調査対象者のうち43.5%のミレニアル世代が、「購入した商品やサービスをSNSを通じて広めている」といいます。
実際、この企業のサービスでは、顧客が試着した眼鏡の自撮り写真に「どの眼鏡がいい?」などとキャプションを付けてSNSに投稿しているケースが多いそう。その写真を見た専門のスタッフがどの形が似合っているかなどコメントをしてくれることもあり、試着を中心とした相互交流も楽しみの1つになっています。このように、実店舗を持たないメーカーがブランドの認知度を高め、顧客との密な接点を獲得できた背景には、「試着」を中心に据えてブランドを形作っていった戦略があるようです。
ここまで見てきたように、TBYBは「ECでありながら自由に試着できる」という顧客体験を生むだけでなく、顧客が自ら商品やサービスの情報を発信し、話題づくりをしてくれるという点で、事業者にとっては広告面でのメリットもあると言えるでしょう。
試着すること自体を楽しい体験として設計すれば、顧客から好感を持ってもらいやすく、信頼獲得にもつながります。特に、新しいブランドを周知する段階においては、ユーザーを増やしていく手段としても有効でしょう。
ECサイトにおける、消費者に寄り添った「返品」の在り方を考える

前章では、TBYBが顧客体験の向上に加えて、事業者側にとってもさまざまなメリットがあることを確認してきました。現在、TBYBのような試着サービスは増えてきていますが、今後も、この取り組みの出発点となっている「返品」の在り方を、消費者に寄り添って考え続けていくことが大切でしょう。
あらためて、返品について顧客の視点で考えてみると、「返品不可」「返送料は自己負担」といったECサイトの条件は、買い物に対して「失敗したらどうしよう」といった後ろ向きな意識を誘発しやすいかもしれません。せっかく欲しい商品があっても、少しでもリスクがあると見なされれば、最終的に「購入しない」と判断されてしまうこともあるでしょう。
EC専門メディア『Digital Commerce 360』の調査によれば、89%の消費者が「返品の経験が悪ければ、そのブランドでの買い物をやめる」と回答しているそうです。しかしこれは裏を返せば、面倒な「返品」という作業の中で、顧客に好印象を与えることができれば、ブランド価値の向上につながる可能性があることを示唆しています。
TBYBのように「7日以内試着可・返品送料無料」など、返品しやすい仕組みにすれば、ユーザーはさまざまな商品を気軽に試すことができ、「とりあえず注文してみよう」という前向きな気持ちにもなりやすいのではないでしょうか。商品の特性や品質を自分の目で確かめた上で購入へと進めれば、心理的な負担が減り、ECでの購買体験に満足してもらえる確率は高まるでしょう。商品との接点が広がることで、同じブランドの他の商品にも手を伸ばしてみるなど、消費者の具体的な行動変容も望めるかもしれません。
商品ロスを防ぐという点からも、返品率そのものを下げる取り組みは必要です。しかしその一方で大切にしなければならないのは、「顧客は何を望んでいるのか」を念頭に体験設計を行うマインドセット。たとえ初期投資がかかったとしても、長期的な視点で見れば顧客からの安定した評価獲得につながるでしょう。
「ECサイトの商品を試してから買う」という形式のサービスは、TBYBのほかにも、スマートフォンのカメラ機能などを用いた「バーチャルフィッティング」や、専用の会場で試着を行いECで購入できる「試着サロン」など、次々に考案されています。こうした施策は、アパレル業界にとどまらず、今後、さまざまなカテゴリーの商品に広がっていくことが期待されます。顧客体験を向上する手段の1つとして、TBYBやそれに続く新たな取り組みを、自社ビジネスにおいても検討してみてはいかがでしょうか。
ECサイトでの買い物の障壁となりやすい「返品」の問題。コロナ禍で課題がより浮き彫りになったことで、解決に乗り出す企業が増えてきました。試着してから購入するかどうかを決められるTBYBは、その施策の代表例と言えるでしょう。事務的な作業でしかなかった返品の工程を、ユーザーが楽しめるサービスへと転化した発想は、今後のEC事業の在り方を変革する第一歩となるかもしれません。自社のEC事業において顧客体験のアップデートを模索する方は、一度そういった視点から「返品」問題を検討してみてはいかがでしょうか。
電通グループには、EC事業立ち上げの際の戦略策定、サイト構築などを全面的にバックアップする体制が整っています。「顧客のニーズを起点にしたCXを考えたい」「EC事業をグロースさせる秘訣は?」そんなユーザー志向のEC運用をご検討の方はCONTACTからお問い合わせください。