BX
2023/01/16

「障がい者雇用」がもたらすもの~パラスポーツのトップランナーが導く共生社会~

INDEX

企業におけるDE&I(Diversity、Equity&Inclusion)実現に向けた取り組みの重要性は、ますます高まっています。一口にDE&Iといっても、そこにはさまざまなテーマが存在していますが、「障がい者雇用」は重要なトピックの1つです。一定の規模以上の企業では、障がい者の雇用が義務化されていますし、障がい者の方々が職場にもたらしてくれる多様性は、その企業を前に進める大きな力にもなります。

そこで本記事では、株式会社 電通グループ フェロー/電通総研 副所長である大日方邦子氏と、株式会社電通PRコンサルティングの石井裕太氏にインタビューを実施。大日方氏は、1998年の長野パラリンピックで、日本人初となる金メダルを獲得するなど、アルペンスキーの選手として多くの実績を持ち、現在は、一般社団法人日本パラリンピアンズ協会の会長としても活動しながら、日本にパラスポーツを普及させ、パラアスリートを通じた多様性の実現に向け、さまざまな取り組みを進めています。また、石井氏は、電通PRコンサルティングにおいて「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」を推進する部署に所属しており、かねてより大日方氏と共に多くの仕事を経験。

パラアスリートの第一人者であり、企業においてもダイバーシティを推進する先頭に立ってきた大日方氏と、共にプロジェクトを進めてきた石井氏に、「障がい者雇用が、企業やビジネスにどのような強さをもたらすのか」について、語ってもらいました。

パラスポーツを続けながらPRカンパニーへ

株式会社 電通グループ 大日方 邦子氏

Q.大日方さんは、チェアスキーヤーとして大活躍されました。冬季パラリンピックには、リレハンメルからバンクーバーまで5大会連続出場し、アルペンスキー競技で合計10個のメダル(金2個、銀3個、銅5個)を獲得。冬季パラリンピックにおける日本人初の金メダリスト(1998年長野大会、滑降)という非常に輝かしい経歴をお持ちです。そんな大日方さんが、「電通PRコンサルティング(旧・株式会社電通パブリックリレーションズ)」という会社に入社されたというのも非常に興味深いのですが、どういった経緯があったのでしょうか?

大日方:私がスキーを始めたのは高校2年の時です。大学生の時には既にパラリンピックの選手として、学生と二足のわらじを履いていました。当時のパラスポーツは、今とは環境もずいぶんと違ったので、アスリートとして活動を続けていくには、仕事をして生計を立てた上で、さらに合宿や試合のための費用も選手自身が負担する、というのが当たり前の状況。私も新卒でテレビ局に就職し、その後10年間勤務しました。

配属先は東京で、教育番組の制作ディレクターを担当していました。そんな中1998年の長野パラリンピックで、ありがたいことに日本人で初めての金メダルを獲得しました。その時、私の所属元のテレビ局も中継をしていたのですが、「あの大日方ってどこの会社の人?」と、調べたら同僚だったという笑い話があります(笑)。それくらい知られていなかったんです。

そうして競技の実績を積む中で、このままだと仕事もスポーツも中途半端になってしまうのでは、という悩みを感じていました。当時の電通パブリックリレーションズに出会ったのは、そんなタイミングです。テレビ局でメディアとの人脈を築いてきたことや、アスリートであることが強みとなって、会社に貢献できるという点もありましたし、会社からは、スポーツを続けることを応援してくれる、というありがたい話もいただきました。そこで、社会人11年目の節目に転職を決めました。

Q.転職後、すでに電通パブリックリレーションズで仕事をしていた石井さんと出会ったわけですね。

株式会社 電通PRコンサルティング 石井 裕太氏
石井:大日方が転職してきたのは、私が入社6年目の時でした。「テレビ局の元社員で、スポーツのプロフェッショナル?が入ってくる」と聞いていて、どんな人だろう……とワクワクしていたら、パラスポーツ選手で、しかもパラリンピックの金メダリストだったので、本当にビックリしました(笑)。

当社は、電通グループの中でもそれほど大きくない会社で、小回りが利く、という良い面を持っています。2007年当時、パラスポーツの現役選手を採用し応援する、という企業は今のように多くはなかったので、「こういう人と一緒に働いたら面白そうだ」というワクワク感で動けるのがこの会社の良いところですし、当時は、まさにそんな判断がされたのだと思います。

Q.大日方さんが入社してすぐ、お2人は一緒に仕事をするようになったのですか?

大日方:いえ、実際に石井と仕事をするようになったのは、入社してから少し後のことですね。
石井:社内でいろんな人を見てきた中でも、彼女が一番面白そうだなと思ったんです。そこで「大日方さんと仕事がしたい」と手を挙げて、同じ部署に異動させてもらいました。私は、元々ビジネスで社会課題解決に貢献したい、と思ってPRカンパニーに入社していましたので、今こそ大日方と一緒に仕事をすべきだ、と思ったのです。

社会との関わり方や視点が違う人たちと触れることで、物事の本質が見えてくる

Q.2人で一緒にお仕事をされるようになって、今はパラスポーツ支援などを進めていらっしゃるんですよね。

大日方:パラスポーツというのは、「共生社会」とか「多様性」を社会に浸透させるための1つの手段だと思っています。例えば、パラスポーツの団体に、提案や説明に行くことはよくあるのですが、その際に持っていく説明資料は、通常なら一生懸命作り込んで、デザインにもこだわって、時間をかけて作りますよね。でも、選手や理事が視覚障がいのある方の場合もあり、必ずしも資料の見栄えにこだわる必要はないでしょう。むしろ「一言で伝える」ことがとても重要になってくる。これってある意味で「本質」だと思いますし、そういったことを見つめ直すきっかけにもなります。今作っているもの、やっていることは当たり前だと思っているけれど、それがそもそも見えないとなったら?そういったことを考える機会がたくさん存在しているんです。
石井:大日方と仕事をしていると、今までの常識にとらわれない世界を、頭ではなく身体で感じることができるんです。例えば「障がい者雇用はいいことだ、なぜなら~」というのが理論的な“左脳”の理解だとすると、それ以上に「周りにいろんな人がいること自体にワクワクするし、自分にとっても発見がいっぱいあってすごく楽しい」というのが感覚的な“右脳”の理解。これまでの仕事を通じて、そんな右脳的な世界を感じることができています。例えば、視覚障がいのある友人は、めちゃくちゃ安くておいしい店をたくさん熟知しているのですが、「店の見た目とかグルメサイトの評判とかではなくて、例えばお店から漂う良い匂いで判断できるからかも」と言っていて、なるほどと思ったんです。そういう新しい気付きや常識を疑う問いが積み重なっていくことは、とてもワクワクします。

これは「結果」と「成果」の違いとも言えます。例えば、今のDE&I領域の中で重要アジェンダの1つに「女性活躍」があります。その中で、求められる「結果」は、「管理職における女性比率を30%にする」などといった客観的なアウトプットになる。しかし、それ以上に重要なのが「成果」で、これは「女性活躍が進むことで変化した誰かの姿」は一体どうなっているのか、というアウトカムです。つまり、女性活躍が進んだ結果、具体的に誰がどう幸せになったのかという成果を、私たちは身をもっていろいろと実体験してきたのではないかと思います。
大日方:社会との関わり方や視点が違う人たちと触れることで、さまざまな新鮮な気持ちが得られます。もちろん、受け取る側の感性にも左右されると思うのですが、そういう意味で、石井は今の環境にとてもフィットしているのではないでしょうか。タブーを恐れず、相手と向き合って、分からないことは聞く、話し合う、ということができています。

パラアスリートだって、聖人君子ではありません。「障がいと付き合いながら頑張っている」ということで、立派な人として描かれるケースも多いですし、そういう側面もあるとは思いますが、それでも1人の人間としては、もっと多様な側面も持っている。石井がパラアスリートたちの素顔を見る中で、理解が進んでいるのが分かります。
石井:大日方やその仲間の皆さんと会って話をすることで、自分の中にある好奇心がどんどん広がっていくんです。教科書やメディアだけでは得られない、リアルで私の好奇心をくすぐる体験があります。
大日方:パラアスリートの中にはオムツを使っている人も数多くいます。彼らからは、「なんでオムツって白しかないの?」という意見が出ました。車いすに乗ってすごく激しい競技をしている最中、チラッとオムツが見えて、それが白だとカッコ悪い。例えば、黒とか柄のあるデザインがあってもいいんじゃないかと。言われてみればそうですよね。介護用も含めて、大人でもオムツを必要とする人はたくさんいらっしゃいます。ケアや介護関連の商品は白とかピンクが多いけど、使う人自身の気持ちはどうなんだろう、その人たちだって、白じゃないオムツがあったらうれしいかもしれない。そういったことをクライアントに提案していくのも私たちの大事な仕事です。

「本音」で向き合えるかどうかが、ダイバーシティを推進するカギ

Q.お2人は、有識者と連携したダイバーシティに関する研究を進めていらっしゃると伺いました。

大日方:組織の中にジェンダーや障がいの有無、バックグラウンドなどの異なる多様な人材がいることによって、組織が活性化されたり、イノベーションの原動力になったり、ということは多くのところで語られています。しかし、多様な人たちがいるだけでは必ずしもイノベーションは起こりません。多様な人が集まる中で、新たなものを生み出すために必要な要素、環境があるのではないか。それらを解き明かそうというチャレンジです。この要素が明らかになると、「法律で義務付けられているから障がい者の雇用をする」というだけではなく、イノベーションが起こりやすい環境を整えるとともに、人材を生かす視点を明確に持って多様な人材を採用する企業のお役に立つのではないか、と。

これまでいろんな議論をしてきた中で、「触媒」となる人が重要だ、ということが分かってきました。しかし、究極的に言えば、その役割が必ずしもパラアスリートである必要はない、ということも見えてきています。「障がい者だから」「パラアスリートだから」ではなく、チームにおけるダイバーシティを推進できる人かどうか、ということが重要なのだと。
石井:企業に所属する多くのパラアスリートや同僚の社員に2年間ほどインタビューを重ねてきて、言語解析ツールで分析したのですが、特徴的だったキーワードの1つが、「本音」です。常識にとらわれず、空気を読まず、本音を言える環境であるかどうか、ということです。

Q.なるほど、確かに「本音」は大事だと思いますが、難しいですよね。「正論」は何となく分かりますし、それこそ誤りではないのでしょうが、「本音」となると、その発言が命取りになる、というケースも現代では数多く見られます。

大日方:バランスは求められるのではないでしょうか。確かに、1人ひとりの中での自律性は、今は非常に強く求められる時代であるとは思います。でもその中で、軽やかに発言できることもとても大事ではないでしょうか。

パラアスリートの多くは、自分の中に強い芯を持っていて、周囲の人の発言や行動に揺らがない強さを持っている人が多い。私自身もパラアスリートとして、大切にしている価値がありますし、謙虚な気持ちは大切にしながらも、自信を持って生きていきたいと思っています。
石井:自分が所属する組織やチームの中において、「心理的安全性」が保たれていることも大切になりますね。それがあるからこそ本音が言えて、そこから新しい問いと価値が生み出されていくのだと思います。私自身は、そういった恵まれた環境にいることができており、とてもありがたいです。

以前、ボッチャの選手へのインタビューを調整するお手伝いをして、福祉面ではなく運動面にトップアスリートとして大きく掲載されたのですが、その時、選手と選手のご家族が非常に喜んでくださって、「これは宝物だ!」と言っていただいたんです。それだけ喜んでいただける仕事って本当に尊いなとあらためて思いまして、そんな仕事に巡り合うことができたのは、大日方やいろいろな人たちと出会えたからだと思います。こういった実績をいろいろな仕事につなげていきたいと思っています。

 


 

「障がい者雇用」と「DE&I」というテーマに対し、当事者として向き合ってきた大日方氏。非常にリアリティに溢れた、貴重な話でした。障がい者と向き合うことで、新鮮な気付きがあり、物事の本質が見えてくる、という指摘は非常に重要な視点ではないでしょうか。

「ダイバーシティ」をどんなに意識していても、やはり1人の人間で考えられる領域には限界があります。いろいろな人がいて、それぞれの視点があるからこそ、自分だけでは気が付かなかった新しい視点・重要な発見にたどりつける。「VUCAの時代」と言われる現代において、いかなる状況にも対応できる力をつけるためには、企業の内部にダイバーシティを担保することが重要です。大日方氏や石井氏は、ダイバーシティが企業にもたらす強さを、リアルに語ってくれたのではないでしょうか。

電通グループは、DE&Iをはじめ、多様性に富んだ社会を実現するための、さまざまな知見を持っています。そんなムーブメントを、共につくっていきませんか?お問い合わせはCONTACTから。

この記事の企業サイトを見る
株式会社 電通グループ 株式会社 電通PRコンサルティング

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

RELATED CONTENTSあわせて読みたい
BX
SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)とは何か?PRエージェンシーが推進するSXの意義と本質(前編)
株式会社 電通PRコンサルティング サステナブル・トランスフォーメーションセンター / 部長石井 裕太 Yuta Ishii , 株式会社 電通PRコンサルティング サステナブル・トランスフォーメーションセンター / コンサルタント横川 愛未 Manami Yokokawa
BX
統合報告書とサステナビリティの関係。今、統合報告書にダイバーシティ&インクルージョンが求められる理由とは(前編)
株式会社 電通グループ  木下 浩二 Koji Kinoshita
BX
今、あらためて「ダイバーシティ」について考える。企業が押さえておくべき、ダイバーシティ最前線
株式会社電通 CXプランニング・センター / cococolor編集長 、 一般社団法人CancerX共同代表理事・共同発起人 、MASHING UPコミッティメンバー 、 プロデューサー半澤 絵里奈 Elina Hanzawa
VIEW MORE POSTSCLOSE
RECOMMEND CONTENTSTSCからのおすすめ
VIEW MORE POSTSCLOSE