今、企業の価値を伝える重要なツールとして「統合報告書」への注目が集まるのと同時に、企業としてダイバーシティ&インクルージョンに関する取り組みを、きちんと統合報告書で伝えることの重要性が高まってきています。一方で、「統合報告書を作成してはいるけれど、本当に自社の統合報告書のクオリティーが十分なのか不安だ」「そもそも、良い統合報告書とはどのようなものか分からない」という悩みを抱えている方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、株式会社電通グループ サステナビリティ推進オフィスの木下浩二氏に、「良い統合報告書とはどのようなものなのか」をテーマに話を聞きました。さらに、特に今重要視されているダイバーシティ&インクルージョンについての取り組みと統合報告書との関係についても語ってもらいました。
統合報告書は何のためにあるのか。そして「良い統合報告書」とは?

Q.まずはとても基本的なことから伺いたいのですが、そもそも「統合報告書」とは何でしょうか?
木下:統合報告書は、一般的には、「企業の売上や資産などの定量的な財務情報」と、「企業統治やCSR、知的財産、経営理念、人財など、企業の強みを表す定性的な情報」の両方の観点から、その企業の価値についてまとめたもの、ということになります。
私はこれまで、主にCSR領域の仕事をすることが多かったのですが、個人的な印象としては、日本では2015年くらいからこの統合報告書というものが徐々に浸透してきたように感じています。もともとはIIRC(国際統合報告評議会)が提唱したフレームワークをベースにしたものなのですが、今では日本の統合報告書発行数は、世界の中でもかなりの数になっています。
なぜ日本で一気に広まったか、というところですが、統合報告書が定着する前から、企業のCSR部門は「CSRレポート」や「サステナビリティレポート」を作っていました。一方で、上場企業であれば必ずIR部門というのがあって、投資家向けに「アニュアルレポート」を作ります。この2種類のレポートが一体化したものが「統合報告書」のベースとなり、それが定着し、現在に至ります。
さらにその背景には、「ESG投資」の広がりもあるでしょう。かつては、投資家は企業の売上高や利益だけを指標として、その企業の成長性を見ながら投資判断をしていたわけですが、それだと非常に短期的な視点にとどまってしまいます。そうではなく、もっと企業の潜在的なところを、長期的な視野を持って、企業の成長性を見なければいけない。そこで、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」という視点で投資判断をするようになった。それがESG投資の考え方です。
統合報告書は、そんな投資家の要望に応えるもの。もともとあったアニュアルレポートは、企業の財務情報や事業活動の報告に特化したもので、CSRレポートは今でいう「ESG」に近い領域での取り組みをまとめたものでした。その両者を合わせつつ、本質的な企業価値を報告するもの、ということで統合報告書が定着したのです。
Q.なるほど。では「良い統合報告書」とはどのようなものなのでしょうか?
木下:その企業が保有しているさまざまなファクター、人的資本や環境資本といった多くの資本を、いかに自社の中でうまく活用し、組み合わせ、成長のドライバーとするか。そこからどんなアウトプットを生みだしていくのか。そういうことを報告書の中で読み手にしっかりと伝えることが重要になります。ここで言う読み手とは、つまり投資家ですから、投資家がその企業に対する期待を持てるように、その将来性を立証し、きちんと安心材料を与えることが必要となるでしょう。
しかし、まさに「言うは易く行うは難し」で、本当に実践できている企業はそれほど多くありません。ただ年度の決算情報やCO2排出量を開示するというだけではなく、自社の将来像をどう描き、それを裏付けるファクターをどう提示することができるかがポイントになります。
ですから、投資家や評価機関からよく言われるのは、「単にアニュアルレポートとCSRレポートを足しただけでは意味がない」。大切なのは「価値創造ストーリー」で、その企業のファンダメンタルな強みをどう成長に生かしていくのか。そして中期経営計画と併せてその進捗をどう図り、どう評価し、その先を見通すか、ということが求められています。
統合報告書において、なぜダイバーシティ&インクルージョンが重要視されるのか
Q.それまでCSRの領域と捉えられていた情報が、投資家にとって重要な判断の材料になった、という変化があったわけですね。ただ、これは個人的な印象なのですが、かつてCSRというと、どちらかというと慈善事業というか、企業成長とはあまり関係のない取り組みだと捉えられる側面もあったかな、と思うのですが、今はそうではない、ということでしょうか。
木下:確かに少し前は、「CSR=余剰資金でやるもの」というところもあり、私もCSR担当者としては忸怩(じくじ)たる思いがありました。今は、単に利益を出せばいい、というわけではなくなりましたから、社会の中で活動する企業体として、どのような資産を活用して、どう利益を出していくのか、ということが求められます。その中の要素の1つが環境負荷軽減やカーボンニュートラルということですし、多様な人々がお互いを認め合い、個性を生かしていくこと。すなわち、「ダイバーシティ&インクルージョン」への取り組みということです。
Q.「ダイバーシティ&インクルージョン」のお話が出ましたが、CSR領域の取り組みとして、いわゆる「社会貢献活動」は外向きで、ダイバーシティ&インクルージョンは内向き、というようなイメージもあるのですが、その内向きな活動も企業成長に重要な要素だと考えられるのでしょうか?
木下:それこそ、企業の成長性の根源とも言えます。短期的な見通しは決算情報で分かるわけですが、中長期的に見てどうか。例えばサービス業であれば、大規模な生産装置を持っていない企業というのが大半かと思いますが、そうした企業にとって、生産装置は人材そのもの、というケースも多いですよね。先行き不透明な時代には、人材の多様性がないと、予期せぬ事態が発生したときに対応できるのか、という懸念もあります。人材が均質化しているよりも、ダイバーシティが進んでいる企業の方が成長する潜在力があるだろう、つまりダイバーシティ&インクルージョンが進んでいる企業=変化に強い企業である、という見方があるのです。例えば人材が同年代の男性ばかりとか、日本人ばかりというよりは、多様性が進んだ経営を行っている企業の方が企業間競争を勝ち抜く力がある、という評価になります。
近年、日本においても統合報告書を発行する企業が増えています。その背景には、既存の「CSRレポート」と「アニュアルレポート」を統合していこうという流れと、ESG投資に対する関心の高まりがありました。今や環境負荷を低減することや、ダイバーシティ&インクルージョンについての取り組みは企業の成長性の根源として、投資家に評価される大きなポイントとなるのです。
では、具体的に統合報告書を作成する際にはどのようなことがポイントになるのでしょうか。次回はそのあたりを詳しく聞きます。