ここ数年で一気に浸透したSDGs(持続可能な開発目標)。今では多くの人と企業が、「取り組むべきテーマの1つ」として意識するようになっています。「電通Team SDGs」が2018年より定期的に実施している「SDGsに対する生活者調査 」では、「SDGs認知率」は、2020年の調査では29.1%であったのに対し、2021年の調査では54.2%とほぼ倍増。中でも10代のSDGs認知率が7割を超え(10代男性75.9%、10代女性72.2%)、特に若い世代においてSDGsが浸透していることが分かりました。
もはやあらゆる企業やビジネスが、SDGsと向き合うことなしに活動を続けることは難しくなってきていると言えます。特にファッション業界は、ブランド・フィロソフィーがそのまま商品に表現されるという商品特性もあることから、SDGsの広がりが業界に与える影響に注目している方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、ファッションやラグジュアリーブランドに高い専門性を持つ広告会社である株式会社ザ・ゴールの牛尾雄大氏、川崎莉奈氏、増野朱菜氏にインタビュー。ファッション業界とSDGsとの接点や、SDGs文脈を踏まえたファッションビジネスの在り方について話を聞きました。
「SDGs」はファッション業界においてどのように取り入れられ、実践されているのか?
Q.まずはいきなりストレートに伺ってしまいますが、ファッション業界においてSDGsの広がりはどのような影響を与えているのでしょうか?
川崎:確かにSDGsは重要なアジェンダではあるのですが、ファッション業界について言うと、SDGsの考え方が浸透する前からいろいろな事件があって、それが大きな影響を与えてきたと言えるんじゃないかと思います。
覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、2013年にバングラデシュの首都ダッカの近郊にあったシャバールという街で、縫製工場などが入っていた8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊し、死者1,000人を超える大惨事が起こりました。この出来事はファッション生産を取り巻く労働環境がきちんと整っているのか、という点から大きな議論を呼びました。また、インドや中央アジアで生産されているコットンも、水資源や土壌汚染の観点から、さまざまな議論を呼んでいます。
それ以外にも、ファッション業界にはいろいろな問題があります。動物虐待の問題や、化学繊維に含まれるマイクロプラスチックが洗濯によって海に流されていく、という問題もありますね。そのためSDGsが広がる前から、ファッション業界が自ら「変わらなければいけない」と考えるようになっていたという傾向があります。
牛尾:ファッション業界を見ると、SDGsとかそれに紐付く17の目標への対応を前面に打ち出しているブランドは、むしろ少ない印象です。それよりもむしろ、サステナビリティとか生物多様性とか、それぞれのブランド・フィロソフィーや歴史に基づいて、自分たちで独自のやり方やゴールを明確にして取り組んでいるところが多いのではないかと感じます。
SDGsというよりも、本当に目の前に対応すべき課題があるので、それに対してこれまでどう対応してきたか、今後どうしていくか、ということが重要だという印象です。ですから「SDGsが浸透してきたから、自分たちもそれに対応する」というスタンスでは、あまりないんじゃないかと思います。
川崎:ジュエリーブランドについても、宝石を得るための鉱山における労働環境の問題は決して無視できません。ですから、いくつかのブランドは独自の認証基準を持っていて、仕入れ先がどういうところかをきちんとチェックするようにしています。そういったところに、それぞれのブランドの信念や問題への姿勢が表れてきていると言えるのではないでしょうか。
牛尾:最近注目を集めているブランドを見ると、SDGsが浸透する前から、そもそも創業者がいろいろな課題意識を感じていて、「それを解決したい」という想いから生まれている例も多いですね。実際、日本でもそういった取り組みが広がってきています。例えば「CLOUDY」というブランドは、「アフリカの教育・雇用を創出したい」という想いから誕生しました。展開する商品は、アフリカンテキスタイルを取り入れたお洋服やファッション雑貨です。それが他にはないデザインとなり、カッコ良かったりオシャレだということで支持されている。そして、ここでの売り上げがアフリカ支援へと還元されるという仕組みです。
あるいは、山形県に本社を置く「スパイバー」という会社は、「クモの糸」のような、強くて柔軟な構造たんぱく質素材を、世界で初めて人工的に作り、量産することに成功しています。この会社も、環境問題やエネルギー問題を解決したいという想いから、石油資源に頼らず、動物倫理の心配もない植物由来の原料で素材を作るというチャレンジを実現しています。
SDGsトレンドを受けて、消費者側にはどのようなニーズの変化が見られるか?
Q.ファッション業界内の動きについては理解できました。それでは、消費者側にはどのような変化が起こっていると感じますか?
川崎:確かに消費者側の動きを見ると、環境に配慮されたアイテムやブランドに好感を持つ人が増え、「SDGsを意識する」ことを表すデータが上がってきているのではないかと思います。とはいえファッションというものは、やはり最終的にはそのブランドの持つ情緒的な魅力が大事になってくるので、「SDGs的な文脈」と、純粋に「ファッションアイテムとしての魅力」が両立していることが大事なのではないかと思います。
ただ変化の1つとしては、2次流通に対する考え方が変わってきているのを感じますね。メルカリが定着して、服の寿命が1人だけでは終わらなくなりました。それまでは「古着を売る」としても、高級ブランドしか売れないと思われていましたが、メルカリではユニクロもGAPも、究極的には何でも売れる。これによって服の寿命は延びてきているし、2次流通が随分と一般的になってきたなと思います。
Q.SDGsが一般的になる前から、ファッション業界独自の動きとして、サステナビリティに取り組んできたということは分かりました。一方で消費者から見れば、そうは言っても、SDGsがここ最近急速に定着してきたのは事実だと思います。そういった消費者側の変化に対して、ザ・ゴールの皆さんにブランド側からこんな相談が増えたというような動きはありますか?
川崎:そうですね。確かに、前々からサステナビリティやいろいろなことに取り組んでいるとはいっても、やはりここ最近は、SDGsの文脈に合うような商品やコレクションラインが増えてきているという変化はあります。ですから、これらをどうコミュニケーションに生かしていけばいいか、という相談は増えてきています。例えば最近では「クリーンビューティー」を謳うブランドが増えてきましたし、そういうものを欲しいというお客さまも増えてきた。そういった動きは確実にありますので、私たちもきちんと対応できるようにしています。
また、「リアルファー商品は掲載しない」といった方針を打ち出すメディアも出てきています。そうした動きにどう対応していくかということも、ブランド側と一緒に考えなくてはいけない論点になりますね。
牛尾:これは、一概に「何が良くて何が悪い」とは言い切れない、なかなか難しい問題だなと思います。動物愛護の観点からすれば、毛皮は大きな問題を抱えているのですが、一方でフェイクファーはポリエステルで作られるため、環境負荷が大きいという問題もある。例えば、駆除しなければいけない害獣からつくった毛皮ならいいのだろうか、とか。
あるいは革靴は非常に長持ちするけれど、スニーカーだと1年でダメになって買い換えないといけない。となると、50年くらいのスパンで見たら、どちらが環境に良くてサステナブルなんだろうか、という問題意識もあるかもしれません。どちらが良くてどちらが悪いと一辺倒に決められないところもあり、なかなか難しいテーマですね。そうなると、やはり「作り手としてのブランドの確固たる信念」が重要になってきます。一体自分たちは何を作っていて、それはどういうスタンスでやっているのか、というところですよね。
労働環境や動物虐待、環境負荷といった課題を抱え、SDGsの浸透以前から自己変革の道を歩み始めていたファッション業界。近年注目されているのは、「SDGs的な文脈」と「アイテムとしての魅力」を両立させているブランドだという話がありました。後編では、記事の後半に触れたサステナビリティ観点の是非について、さらに迫っていきます。
※所属・役職は取材当時のものです。