マーケティングの精度を高めるためには、当然ながらデータ分析が有効です。そして近年は、AIなどテクノロジーの進化によって、これまで計測できなかったデータを計測して追跡できるようになりました。さらに、それらの多くのデータを組み合わせた「ビッグデータ分析」が可能になったことで、そこから新たな発見が生まれることも増え、データ分析の重要性はますます高まっています。
しかしその一方で、データ分析を自社のマーケティングに有効に活用できている企業もあれば、試みてはいるものの結果に結びついていない企業も……。世の中で言われているデータ分析の評判と、自社の取り組みの間にギャップを感じている、という声も聞かれるようになりました。このように、企業によって成果の差が生まれ始めているのも事実ではないでしょうか。
そこで今回は、データサイエンティストとして豊富な実績を持つ株式会社電通クロスブレインの佐藤洋行氏にインタビュー。現場から見た、マーケティングデータ分析の最新トレンドや課題について話を聞きました。
今、データサイエンティストにどのような相談が寄せられているか?

Q.いきなりシンプルな質問になってしまいますが、今、佐藤さんには企業からどのような相談が来ることが多いのでしょうか?「ビッグデータ分析をやりたい」というようなニーズは増えていますか?
佐藤:まあ、相談内容は、とにかく多岐にわたると言ってしまえばそれまでなのですが(笑)、それでも大きな傾向としては、3つのタイプに分類できるかなと思います。
まずタイプAは、「これからビッグデータ活用を始めていきたいが、そもそもどうすればいいか分からないので、最初に取り組むところをコンサルティングしてほしい」というもの。そしてタイプBは、「ビッグデータを扱っていくための基盤は作ったけれど、実際にそのデータをどう使ったらいいのか分からない。有効な活用方法を教えてほしい」というもの。最後のタイプCは、「データ収集の基盤もあるし、データ分析も既に取り組んでいる。けれど、自分たちだけではうまく活用できている気がしないので、外部からの意見が欲しい」というものです。
ご相談いただく企業さまがビッグデータ分析という領域にどれだけ取り組んでいるか、フェーズによって3段階くらいに分けられるかなと思います。
Q. 3タイプの中でも、特に最近はこのフェーズの相談が多いというような傾向はありますか?
佐藤:これはあくまでも私の個人的な感覚ですが、まずその企業の業界によって違うかなと思います。小売りや通販など、ダイレクトに消費者と向き合っているような企業は、タイプCのケースが多いですね。もう既に分析は取り組んでいるんだけれど自信がないとか、精度が低い気がするとか。あるいは、もっとこういう分野に取り組みたいのだけれど、自分たちではスキルが足りないといったご相談が多いかな、と。
それに対して、メーカーだとタイプAやBが多いかな、という気がします。「全くデータ基盤がない」という企業は少数ですが、いろいろな部署に存在するデータを統合して使える状況になっている企業は決して多くはありません。肌感覚で言えば、タイプAやBに該当するのは、ご相談いただく企業さまの4割くらいではないでしょうか。
Q.最近になってメーカーがビッグデータ分析に取り組み始めたのはなぜなのでしょうか?小売や通販企業とは違って、消費者と直接向き合っているわけではないため、これまではあまりビッグデータ分析に興味を持っていなかった企業が、ここにきて急に興味を持ち始めた。そこにはどのような変化があると思いますか?
佐藤:いえ、これまでも興味がなかったわけではなくて、興味自体は以前から持っていたのではないでしょうか。ただ、消費者とのダイレクトな接点がなかったので、これまではいわゆる「ユーザーデータ」を持つことができなかった。ですが、ここにきてテクノロジーが進歩して、消費者とダイレクトな接点がなくてもデータが取れる、という環境になってきたわけです。もちろん自分たちでリサーチするという方法もあるのですが、例えば、大手プラットフォーマーが提供するデータクリーンルームを活用したり、他の企業と提携したりして、ユーザーデータを獲得することができるようになりました。それにより、業態や商流に関わらず、多くの企業がビッグデータ分析に取り組み始めているのではないでしょうか。
データ分析に取り組んでいるのに、マーケティング精度が上がらない理由とは?
Q.それだけいろいろな企業がビッグデータ分析に取り組んでいるとなると、当然「うまくいっている」ところと「いっていない」ところの差が出てくると思います。うまくいっていない企業は、どのような問題を抱えていると思いますか?
佐藤:もちろんさまざまな要因があると思うのですが、私が見る限り、たいていの場合は「視野狭窄」に陥っているんじゃないかと思います。例えば、デジタルマーケティングに取り組む場合、巷で言われているいろいろな指標がありますよね。広告だとCPAとか、Webサイトだと直帰率とか、メルマガだと開封率が何%とか、クリック率がどうだ、といった具合に。
そういう指標を追いかけたり、ABテストで差を見たりすることは、確かに皆さん一生懸命やっていらっしゃいます。ですが、それを「俯瞰して見る」ということができていないケースが往々にして見られます。われわれのようなデータサイエンティストからすると、さまざまな数値を俯瞰的に見て、本当に大きな問題がどこにあるのかを探し当てることこそ、重要な価値なのですが。
Q.私自身も、過去にとあるWebサイトを運営していて、その中でアクセス数だとかコンバージョンだとか、いろいろな数値を追いかけていました。ところが、見れば見るほどなんだかよく分からなくなってしまって、結局数値を眺めているだけで手一杯になり、それを改善に結びつけられなかったという経験があります。お恥ずかしい話ですが。
佐藤:よく分かります。さらに怖いのは、「あなたが見ている数値が何なのか」ということを実はきちんと知らない、というケースも意外とあるんです。例えば、デジタル・マーケティングの担当の方に、「Googleアナリティクスでチェックしているコンバージョン率って、その中身は何ですか?」と聞いて、本当に正しく答えられる人が少ないなんてことがあるんです。その数値は、そもそもどういう測定で得られたもので、どういう意味や性格を持った数値なのかを実は知らない、という方は結構いらっしゃるのではないでしょうか。
例えば最近実際にあったケースなのですが、とあるサブスクリプションサービスを提供しているクライアントからご相談をいただきました。そのクライアントの課題意識は、「コロナ禍になって解約率が減少した。コロナ禍が落ち着いた後、また解約率が以前の水準に戻ってしまうのではないか。その点を分析してほしい」というものでした。
そこで早速、クライアントのデータを見てみました。すると、私から見ると、そもそも「コロナ禍で解約率は下がっていない」んです。どういうことかというと、確かに「解約率」の数値だけを見ると下がっていたのですが、偶然、新型コロナウイルス感染症が拡大する直前に、新規ユーザー獲得数が落ちていたんです。ちょっと考えていただければ分かると思うのですが、サブスクリプションサービスに加入した人が一番解約するケースが多いのは、「契約直後」なんですね。ですから、新規獲得数が増えれば増えるほど、解約率はどうしても上がっていきますし、逆に、ある時期に新規獲得数が落ちれば、結果的に同じタイミングで解約率は下がることになります。ところがそこを見ていないで、ただ「解約率が下がった」というところだけを見て、「コロナ禍の影響でデジタルサービスが人気になって、結果的に解約率も下がった」と判断してしまっている。そうすると、当然ながらその先の「解約率を下げるための施策」が的外れなものになってしまいます。
ビッグデータを活用したマーケティングデータ分析について佐藤氏は、うまくいっていない企業の多くは「視野狭窄」に陥っており、「数値を俯瞰して見る」ことができていない可能性があると解説。さらに、扱う数値の意味や性格というそもそもの理解が不十分だと、データの解釈に歪みが出てしまい、結果、的外れなマーケティング施策を打つケースがあると話しました。続く後編 では、データ・マーケティング分析に取り組む上で欠かせない資質や態度について掘り下げるとともに、マーケティングの精度を高める秘訣に迫ります。