近年、業種を問わず、自社のマーケティングにデータ分析を活用する企業が増えています。取り組みのフェーズは企業によってまちまちですが、「上手に活用できている企業」と「結果に結びついていない企業」との間に成果の差が出てきているようです。
その原因を探るべく、データサイエンティストとして豊富な実績を持つ株式会社電通クロスブレインの佐藤洋行氏にインタビュー。現場から見た、マーケティングデータ分析の最新トレンドや課題について話を聞きました。
基盤や体制を整えても結果を出せないのは、「データを正しく捉えられていない」から
Q.前編では、データ・マーケティングで成果を出せない企業について、その理由をいくつかお聞かせいただきました。うまくいっていない企業の多くは「視野狭窄」に陥っており、「数値を俯瞰して見る」ことができていない可能性があるということ。さらに、扱う数値の意味や性格を理解できていないために、データについて間違った解釈をしてしまうケースがあるとのことでした。
そういった理由から、サブスクリプションサービスを提供するある企業さまは、コロナ禍になったタイミングで解約率が減少したことの原因を取り違えていたと……。
佐藤:Webサイトのコンバージョンレートについても、同じようなことが言えます。Googleアナリティクスのコンバージョンレートは、分母がセッション数で、分子がコンバージョン数になります。例えば、分析対象がとあるECサイトだとします。新規ユーザーがそのECサイトを訪問したとしても、その人がすぐに商品を購入するっていうケースは少ないですよね。普通であれば、他のサイトも行き来したりして、値段や関連商品を比べたりしながら、最終的に買うものや買うサイトを決める。つまり、新規ユーザーが増えたらセッション数は増えるけど、コンバージョン数はそれほど増えないので、結果的にコンバージョンレートは下がるんです。だから、コンバージョンレートの増減だけ見てその対応策を考えても、正しい施策にはつながらないですよね。
Q.なるほど。データを追いかけていても、その解釈が間違っていたら、当然ながら改善にはつながらないですね。佐藤さんにお話を聞く前までは、「ビッグデータ分析」というトレンドはちょっと一巡して、取り組んでいる企業側にも経験値が溜まってきており、第2期的な状況に入っているのかなと思っていたのですが、実は「正しくデータを捉える」ことがまだ不十分なケースも多い、と言えるのでしょうか?
佐藤:「データを追いかけるようになる」「必要なデータを集める基盤や体制を作る」ことについては、確かに取り組みが進んでいるのは事実だと思います。ですが、そこで見ているデータを本当に正しく捉えられているかというと、実はまだ怪しいな……という企業も多いのではないでしょうか。私たちは、企業からご相談を受けた場合、まずいただいた与件や課題意識からあらためて見直すようにしています。
データ・マーケティングを推進する上で必要な「資質」と「姿勢」
Q.では、マーケティング担当者に求められる資質や姿勢はどのようなものだと考えていますか?
佐藤:そうですね。あくまでも個人的な意見ですが、シンプルに言えば論理的なものの考え方をして、そこに加えて好奇心を持つ、ということではないでしょうか。何よりも、きちんと物事を知ろうとする態度を持つことが重要だと考えています。「Googleアナリティクスのコンバージョンレートってそもそも何だっけ?」「その数値の持つ意味って何だっけ?」というところにきちんと興味を持つ。その上で論理的に考えられることが必要かなと思います。
ただこれは、ビッグデータ分析とかデジタル・マーケティングに限ったことではないですよね、きっと。前編でお話しした例で言えば、解約率の変化を見たときに、「それを変化させる要因には一体何があるのか?」「なぜこういうことが起こったのか?」ということを論理的に考えられるかどうかが大切ではないでしょうか。例えば、メルマガのクリック率が改善したとします。それを見て、「このメルマガは効果を高める」と解釈するのか。それとも、「他の流入経路からメルマガが奪っただけなのかもしれない」と考えて、流入全体の動きをきちんとチェックできるかどうか。その差は大きいのではないでしょうか。
Q.なるほど。それは数値を見て、どれだけ想像力を働かせられるかということでしょうか。マーケティングにおいてもストーリーテリングの能力が重要と言われますが、そこからどのような展開があり得るかを想像できるかどうかですね。
佐藤:うーん、想像力と言われると、ちょっと違うような気もしますね。繰り返しになりますが、「論理的に物事を考えているかどうか」ということなんです。ある現象が起こったときに、それを引き起こす可能性を全てきちんと検証するかどうか。「その数値を見るのであれば、当然この数値やこの動きも見ないといけない」という関連性が実はたくさんあって、それを1つひとつ検証していくことで、結果的にいろいろなシナリオへと広がっていく感じでしょうか。
これまでノウハウのない人が、データ分析を本格的に始めるという入り口に立ったときに、例えば統計の講座を受講したり、分析のためのプログラミング講座を受講したりすることは多いと思います。ですが、それをいくら学んだところで、「物事を論理的に考える力」が育まれなければ、データを使いこなすのは難しいのではないかと思います。
「論理的」であることを意識すれば、マーケティングの糸口が見えてくる
Q.ひょっとして、私がイメージしていた「論理的」という言葉の意味と、佐藤さんが話すそれとは違うんじゃないか、という気がしてきました。私のイメージしていた「論理的」は、いわゆる「感情的」とか「主観的」ではないという意味で、「私がこう思うから」「こっちの方がカッコいいから」決めるのではなく、「多くの人が支持しているから」「こっちの方が評価が高いから」決めるというように、判断基準に客観指標を持つことだと思っていました。ですが、佐藤さんの「論理的」は、もっと踏み込んでいる感じがします。
佐藤:好き勝手に言っていますが(笑)、やはり「論理的」とはどういう態度か、というのは常に考えています。私の中で「論理的」とは、
- 言葉の定義について、そこにいるステークホルダー全員が明確に理解している。
- 議論を進めるにあたって、前提として置いているものをステークホルダーが明確に理解している。
- 定義、前提、一般的な常識と今回のデータ分析の結果とを合わせた上で、矛盾のないように整理されている。
ということかな、と思っています。そして実は、意外とこれをみんな疎かにしているんじゃないかと思います。そもそも今、議論している言葉の定義は?そして議論の前提は?そこを疎かにして議論を進めれば、それは決して「論理的」にはなりえないのではないかと。
Googleアナリティクスのコンバージョンレートの定義を知らないまま議論を進めても、絶対論理的にはなり得ない。「解約率」と一口に言いますが、実は解約率の計算の仕方は複数あります。「解約率が下がっている」と言っているとき、その場の全員が同じ計算方法を想定しているでしょうか?その認識を合わせることなく、「解約率が下がっている」ことを前提として議論を進めていませんか?場合によっては、数字のつくり方自体が間違っていた、なんてこともあり得るのです。
もちろん、いくら「論理的」に考えたところで、全てのことが分かるなんてこともあり得ません。やっぱり、マーケティングってめちゃくちゃ難しいじゃないですか。なぜなら、相手は「人の心」ですから、ものすごく難しい。そんな中で、マーケティングに関する意思決定をするのは、ものすごく不安なはずですよね。そこに少しでも安心できる材料を提供したい、というのが私の想いです。そのようなデータ分析の上に、想像力を働かせたり、ストーリーやシナリオを描いていく。私のようなデータサイエンティストは、最終的にはそういうストーリー構築や想像、妄想を働かせていくための下支えをする存在でしかない、と思っています。
前後編にわたって佐藤氏に話を聞きました。ビッグデータ分析が普及することで、「今まで分からなかったこと」が分かるようになったと言われています。しかし、数値の見方が間違っていたり、同じ数字でも見る人によって解釈が違ったりする状況がもしあるのであれば、どんなにデータ分析をしても、そこから考えられた「次の一手」が本当に正しい施策なのかについて、大いに疑問が残ります。
データ・マーケティングに向き合っているマーケターの皆さんは、改めて「今、自分が見ているデータは何なのか?」を見つめ直してみてはいかがでしょうか。実は定義もあいまいなままで、数値を追いかけてはいないでしょうか。その原点を丁寧に見つめることが、自社のマーケティング精度を高める大事な一歩になるかもしれません。