お客さまの特徴やインサイトをつかむための「リサーチ」は、マーケティング施策を考えたり実践したりする上での基本であり、土台となるものです。方法としては、かつては「郵送調査」が一般的でしたが、インフラの発達と共に「電話調査」から「インターネット調査」へと変化。さらにSNSなどによってさまざまな意見がインターネット上にあふれるようになってからは、わざわざアンケート設問を作って調査するのではなく、インターネット上に投稿されているコメントを集めるソーシャルリスニングといった手法も一般化してきました。ですが、方法が変化しようとも、「マーケットやターゲットの情報を集める」ことがマーケティングの根幹であることに変わりはありません。
そこで本記事では、あらためてマーケティングの基本に立ち返り、「リサーチ」の最新トレンドについてお伝えします。リサーチ業界最大手の株式会社マクロミルのグループ会社である株式会社電通マクロミルインサイトの齋藤達彦氏に、リサーチを取り巻く動向について聞きました。
「アスキング」以外の領域へと進化するリサーチ
Q.インフラの発達と共にリサーチの手法は変化してきましたが、最近はどのような方向に進化しているのでしょうか。
齋藤:まず、従来型のアスキングデータ(生活者に質問し、得られる回答データ)の領域で言えば、アクチュアルデータ(サイトアクセス、TV視聴、購買などの履歴データ)といかに連携していくか、ということが重要なテーマとなっています。例えば、「YouTubeを見た人」や「自身のTwitterアカウントにプロモーションツイートが届いた人」に対して、この質問をしたい、ということですね。マーケティング施策の効果検証ということで言えば、そこのターゲッティングの精度をどれだけ高められるか、ということがポイントになっています。
特にこれからは、法改正や利用規制などにより、Cookieを活用したアクチュアル連携は難しくなっていきますから、どうやって実現するかということは大きなテーマです。私たちとしてはリサーチの目的別専門パネルをしっかり整備して、リサーチターゲットの精度を高められるように取り組んでいかなければいけないと考えています。
もう1つは、「アスキング」以外の領域ですね。感情分析とか表情解析とか、そういった領域への拡張も進んでいます。最近はIoT機器も進化し、スマートウォッチなどのリストデバイスを活用することで、生体データも取りやすくなってきました。これによって、「バーバル(言語による)リサーチ」ではない領域についても取り組みを増やしていっています。そんな中でメリット・デメリットを把握しようと、PoC(Proof of Concept:概念実証、新しいコンセプトやアイデアの実現可能性や効果を実証すること)含めてチャレンジしている状況です。
Q.アスキング以外の領域といえば、15年くらい前にもいろんなやり方が一時期注目されました。例えば「CM評価」で言えば、「CMを見てアンケートで回答する」というやり方だけでなく、CMを見ながら興味がわいたシーンを選定するとか、あるいは疑似棚調査において、アイトラッキングで注目度を測定するといったこともありました。しかし結果として主流になることはなかった。その頃に比べると、いろいろと変化が起こっているということでしょうか?
齋藤:確かにそういう流れは以前ありましたね。その頃と比較すると、テクノロジーが進化したことで、今はもう手間もかからないし、何より圧倒的に低コストでデータが測定できるようになっています。
「アスキングが駄目だ」というわけでも、「バイタルデータ(脈拍や血圧、体温などの生体データ)がいい」というわけでもなく、それぞれの合わせ技で見ていくことが重要なのではないかと思います。ただ、アスキングによる調査だと、それを「回答したとき」というタイミングでしかデータは取れません。それに対してバイタルデータは、継続的にデータが取れるという特徴があります。例えば、あるスマート家電を1日中利用しているとして、それを「どんな気持ちで使っているか」を調査するとします。これまでは、「使っているかどうか」ということ自体はログを取れば分かったわけですが、「どんな気持ちで」となるとアンケートで聞くしかありませんでした。それが、「利用しているときの感情の動き」がバイタルデータで取れるようになった。覚醒しているのかどうかとか、それが快適であるかどうか、そういったことが分かるようになったんです。最近はサブスクサービスが広まってきているわけですから、1点だけで評価するのではなく、継続使用の中で評価を捉えなければいけない、というケースも今後増えてくるでしょう。
Q.確かに、サービスそのものが継続的になっている中では、「ある1点での調査」だけでは物足りないですし、バイタルデータのニーズは高まりそうですね。
齋藤:表情解析とか画像解析の領域でいうと、例えば店舗におけるお客さまの動きの分析があります。お客さまが、いつどこに集まってくるのか、どういう動きをしているのか、そしてその時にどのような気持ちでいるのか。そういったデータを集めながら、より魅力的な店舗作りには何が必要かといったことを考えていきます。
われわれのようなリサーチ会社は、「どれだけ多くのパネルを保有し、かつパネルについてのデータを押さえているか」というところに強みを発揮することが、これまでは重要でした。しかし、これからはそれに加えて、いかにノンバーバル(非言語)データを取れるかということがポイントになってくると考えています。ですから、その領域へのチャレンジを広げているところです。
「意見を集める」アンケート調査は、よりライトに・よりクイックに
Q.スマートフォンのようなデジタルデバイスが普及している現在、もっとライトにクイックに調査したい、というようなニーズも増えているのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
齋藤:はい。バイタルデータを取るベクトルとは別の動きとして、いわゆる従来型のアンケート調査というものは、よりクイックに・より自由にできるようになってきています。以前であれば「調査計画」というのをしっかり立て、質問票を作り、それを一定の母集団に対して送付して、ある程度時間をかけて回収する、というのが一般的な手順でした。しかし、今ではもう「思いついたら、聞きたいことをすぐにパネルに投げると、数時間後には回答が一定数揃う」というようなことが可能になっています。もちろん、サンプルの精度や、調査設計の緻密さを重視すれば、準備や回答回収にしっかり時間をかけるべきではあります。ですが、「まずはライトに、シンプルに評価を聞きたい」「大まかな傾向をつかみたい」といったケースであれば、スピード優先で「聞きたいことをすぐ聞ける」というスタイルの方が適していますよね。
今はさまざまなアクチュアルデータがあふれていますし、ソーシャルリスニングによって、わざわざアンケート調査をしなくてもいろんな意見や行動を簡単に把握できるようになっています。ですから、SNSでの意見を集めるように、クイックに調査できるような環境も整えていっています。
「1人にフォーカスしたい」「人間を理解したい」というリサーチの探求心はますます高まる
Q.そのような中で、最近のリサーチは、どのような傾向にあると感じますか。
齋藤:あくまで個人的な感想ですが、定性調査をしたいというニーズが増えているような気がしています。先ほど申し上げたように、アクチュアルデータは昔よりもあふれていますが、それだけを見てもお客さまのインサイトは分かりません。動きのデータを見れば見るほど、「この動きをする人って、どういう人なんだろう?」という疑問がわいてきて、その人にもっとフォーカスしたくなってくるのではないかと。
また、コロナ禍で、グループインタビューなどもオンライン会議システムで実施するようになりました。最初は不安もありましたが、かなりの数を実施した結果、今では問題なく行えるようになっています。何より、空間的な制約やエリアの制約がなくなったので、対象者も集めやすくなりました。コロナが終息しても、今後もオンライン中心でいくのではないでしょうか。
Q.リサーチは今後どのように進化していくとお考えですか?
齋藤:アスキング以外の領域の進化は今後も進んでいきます。そうしていろんなバイタルデータが取れるようになると、シングルソースで見たいというニーズが高まってくるのではないでしょうか。気持ちの変化があったそのとき、その人はどこで何をしていたのかと、「ある1人の1日の全ての行動を見ていこう」というトレンドが高まるのではないかと思います。もちろん個人情報保護の問題がありますので、あくまでも技術的にですが、どうやって1人の動きを押さえるかということが今後、重要になるのではないかと。
とはいえ、どんどんいろんなデータが取れるようになると、逆にそれら大量のデータを統合的に見ていくことが難しくなるという側面があるのも事実です。しかし、いろんなデータを取れるようになっても、リサーチのゴールは変わらず「人間を理解する」ということで、その探求はますます進んでいくでしょう。ですから、私たちリサーチに携わる者は、「人間を理解する」ための第一人者であらねばいけない、と考えています。
インフラやテクノロジーが進化して、集められるデータの量も質もどんどんリッチになり、データを集める手段も、より多様に・よりクイックになってきています。一方、「人間を理解する」ことだというリサーチの目的は普遍的であり、集められるデータが広がってきているからこそ、「ある1人の人物像を知りたい」というニーズはますますピュアなものになってきていると言えます。
より多くのお客さまに商品やサービスを「選び続けていただく」ためには、お客さま像をもっとリアルに・もっと具体的につかんでいくことが重要です。リサーチ方法が進化しながらも、大切なのは「お客さまを知る」ということ。そのために、どのような可能性があるのか、あらためて「リサーチの方法」を見直してみてはいかがでしょうか。