デジタルデバイスが普及し、SNSなどによる情報収集が日常化した昨今。企業がマーケティング施策を考える上では、オンライン・オフラインのあらゆるお客さま接点を統合的にマネジメントし、最適なマーケティングやプロモーションを展開していくことが必須になっています。一方で、お客さま接点が多様化・複雑化する中で、「本当に効果的なマーケティングを展開できているのだろうか?」と不安に思っている方も多いのではないでしょうか。「オン・オフ統合」と言うのは簡単ですが、本当にあらゆる施策の効果的な連携ができているのか、個々の施策をただ並べているだけにとどまっているのではないだろうかと、疑問を感じている方も多いと思います。
今回は、株式会社電通デジタルの宮川政寛氏に、今の時代に効果を発揮するマーケティングのキーポイントをインタビュー。Webディレクターとしてキャリアをスタートし、その後、テレビCMなどマス広告のプロデューサーも経験。それぞれの経験を生かし、「マスも、デジタルも、イベントなどのオフラインメディアも手掛ける、まさに“オン・オフ統合型”プロデューサー」として活躍されている宮川氏に、「購買行動が複雑化する中で、どうすれば効果的なマーケティングを実践できるのか」についてじっくりと語ってもらいました。
「カスタマージャーニーは、もう古い」は本当か?

宮川:今、マーケティングを生業にしている人は、「カスタマージャーニーは、もう古い」という話はよく耳にするのではないでしょうか。確かに、「テレビCMで認知して、Webで検索して理解を深め、クーポンをゲットして買いに行く」みたいなジャーニーは今の時代には全く合わないですし、お客さま接点や情報源は、それはそれは多様になっています。
Googleが提唱した新しい消費行動の概念である「パルス型消費※」も確かに広がってきていて、「知って、調べて、買う」ではなく、「憧れのインスタグラマーが紹介していたものを即買い」というような購買行動も珍しいものではなくなりつつある。そんなときにカスタマージャーニーは、一昔前のマーケティング手法であるように感じられますし、お客さま行動を画一的に捉えてしまう要因にもなりかねない、という議論があるのは事実です。
しかし私は、購買行動が多様化・複雑化しているからこそ、カスタマージャーニーをしっかりと描き、かつそのマーケティングにかかわる全てのスタッフがそのジャーニーを共有する、ということが大事だと考えています。
※パルス型消費……スマートフォンやWebサイトを閲覧中に瞬間的に「買いたい」という購買意欲がわき、その場で購入する消費行動のこと。じっくりと時間をかけて購買意欲を高めていく、従来の「カスタマージャーニー型消費行動」と対比される。
Q.宮川さん自身は、プロデューサーとしてどちらかと言うと「制作」サイドにいるわけで、マーケティング担当という立場ではないですよね。その宮川さんが「カスタマージャーニーが重要」と話すのは、意外な感じがしました。
宮川:確かにそうかもしれませんね(笑)。でも、例えば以前のプロジェクトでは、会議室で、壁の1面にはカスタマージャーニーマップを貼り、もう1面にはクリエーティブ企画案を貼り、もう1面には予算案を貼り、それをスタッフ全員がしっかり見る、というようなステップを踏みました。マーケティング全体としてどういうスコープを見ていて、その中で役割を果たすべきクリエーティブ企画はこうなっていて、いろいろな施策の予算はこうなっている、という全体像をみんなが頭に入れよう、と。そうすれば、「本当にこのクリエーティブ企画がKPI達成につながるのかな」とか、「そもそも予算のアロケーションはこれでいいのだろうか」というようなことも見えてきます。
オン・オフの混在で、カスタマージャーニーとKPIがつながりにくくなっている
Q.ただ、宮川さんがおっしゃったように、「カスタマージャーニーはもう古い」と言われているのも事実ですよね。お客さま行動の多様化以外に、カスタマージャーニーが時代に合わないと言われる理由はあるのでしょうか?
宮川:カスタマージャーニーが難しくなっている理由の1つに、「カスタマージャーニーとKPIがつながらない」ということがあるのではと感じています。例えばテレビCMなら認知が何%かとか、デジタル施策ならリーチやコンバージョンがどうだ、などの数値がありますが、オンラインとオフラインが混在する中では、「この施策をこれだけやったら、こっちにこれだけ効果がある」というオン・オフの繋がりを計測しきれない。
テレビCMを見て、Webに行くのか、それともSNSに行くのか。逆にSNSで見て気になっていた商品・サービスがあって、テレビCMを見て思い出されて「買おう」となるのか。その辺の動きが多様化すると、KPIをどう置けばいいかが分からなくなってしまうんです。それでも、各施策の効果を検証するにはKPIに基づかないと判断できませんから、結局は施策ごとにKPIを設定してマネジメントしよう、という考え方になる。そうなると、カスタマージャーニーを描くよりも、個々の施策の効果を最大化する、という考えになりますよね。
ですが、それでも私は、まずはカスタマージャーニーを描き、妄想とか推測とかでもいいので、そのシナリオの中であるべきKPIを定めることが重要だと思っています。そうすることで、今自分たちが考えているプランがそもそも無茶なプランなのか、いけそうなプランなのか、ということが見えてくると思います。予算は決まっている、購買行動は多様化している、そんな状況の中で「なぜこのような施策を展開するのか」という根拠は、むしろ購買行動全体の中でどこを狙おうとしているのかというシナリオなしには見いだせないんじゃないかと。
打ち手は無限に広がるからこそ、「戦略設計図」が判断材料になる
Q.なるほど、確かに、購買行動が多様化しているからこそ、カスタマージャーニーを描かないと、「全体として何をやろうとしているのか」を判断する地図がない、という状況になっているとも言えますね。あらためて、宮川さんが考える「今、カスタマージャーニーが重要な理由」とは何でしょうか?
宮川:1つには、「カスタマージャーニーによって、マーケティング施策の範囲を決められる」ということ。購買をゴールとして、そこからさかのぼってカスタマージャーニーを描いていく。そうしてお客さまの行動を概観したときに、今回のマーケティング施策はどの範囲をカバーするのか、どこを起点と捉えるのか。お客さま接点は多様で、メディアもデジタルやソーシャルを考えると数多く存在する中で、どこで何をやるのかを絞り込んでいくためには、そもそも今回のマーケティングを実践する範囲がどこなのか、そこから決める必要があります。
「認知を広げたいからテレビCMを流す」という従来の手法で本当にいいのか。予算やKPIを考えたら、むしろ「既に知っている人に集中的にアプローチする」ような戦略シナリオの方が適しているかもしれない。カスタマージャーニーがあると、そういったところから考えられるようになります。
また、カスタマージャーニーがあることで、「今回攻めるターゲットを決める」ことにもつながります。購買と一言で言っても、今では「お店で買う」「ネットで買う」など、買い方すら多様になっています。「お店で買う人のジャーニー」と「ネットで買う人のジャーニー」は違うわけです。その両方を狙うのか、どちらかに集中するのか。もしくは、「ネットで買える」時代において、「お店=購買接点」ではないのかもしれない。そうなると、お店に行くことのモチベーションは「商品を買いたいから」でいいのか。そういったところから見直していく。カスタマージャーニーを描くからこそ、お客さま像やそのモチベーションが明確になってくると思います。
さらに言えば、今ここでは仮に「購買」をゴールに設定しましたが、そもそも「購買がゴールなのか?」ということもあるわけです。先ほど述べたように、「パルス型消費」が浸透してきている中では、大したモチベーションもなく、「憧れのインスタグラマーが使っているから」という理由でポチっと買ってしまう。となると、大事なのはこの後です。その人にいかにロイヤルカスタマーになってもらうか。つまりゴールは購入ではない。むしろ「購入=トライアル」であり、「もう一度買う」がゴールになる。そうなるとやるべき施策が変わってくるし、予算のかけ方も変わってきますよね。
お客さま行動が多様化・複雑化する現在、カスタマージャーニーを描くことの重要性をあらためて強調する宮川氏。数多くの現場で培った知見によって導き出された、「今こそカスタマージャーニーが重要な理由」には、変化の激しい時代におけるマーケティングのヒントが詰まっています。後編では、カスタマージャーニーを描くことで得られるさらなる効果を掘り下げていきます。