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2023/09/27

ESGは企業成長に寄与する?今さら聞けない株価との関係と「伝える」ことの重要性を専門家が解説

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今や企業成長を考える上で欠かせない概念となっているESG。ここ10年ほどで急速な広がりを見せていますが、実際のところ、ESGは企業の株価や市場価値にいかに影響を与えているのでしょうか。また、どのような取り組みが本当に効果的なのでしょうか。そんな疑問を抱えている企業は少なくないかもしれません。

株式会社エコノミクスデザイン株式会社 電通サステナビリティコンサルティング室が共同開催したウェビナー「いまさら聞けないESGと株価の関係」は、エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役の今井誠氏と電通 サステナビリティコンサルティング室室長の住田康年氏によるあいさつの後、経済学者の沖本竜義氏(慶應義塾大学経済学部教授/エコノミクスデザイン・プリンシパル)、保田隆明氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)、安田洋祐氏(大阪大学経済学部教授/エコノミクスデザイン共同創業者)と、電通の蟹江淳氏、小野総一氏の5名が登壇。第1部では最近の研究結果をもとにESGと株価の関係をひもとき、第2部ではESGに取り組む企業が抱える課題や事業価値を伝える上で重要となるストーリーテリングなどについて語り合いました。その模様をお届けします。

ESGと企業価値との関係は?業種別の傾向をひもとく

ウェビナーの第1部では、金融計量経済学の権威として知られる沖本竜義氏と、電通の蟹江淳氏が登壇。「ESG評価と企業価値」というテーマのもと、沖本氏が最近の3つの研究成果を紹介しました。そのうちの1つが、ESGの「Environment(環境)」を代表するトピックである二酸化炭素の排出量と企業の信用リスクの関係についての調査です。

(左)株式会社 電通 蟹江 淳氏、(右)慶應義塾大学経済学部教授 沖本 竜義氏
沖本:近年、炭素排出量に関する規制強化や脱炭素税の導入などの議論が進み、企業の炭素排出量にはカーボンリスクが伴うようになってきています。今回の研究では、金融市場におけるCRP(カーボンリスクプレミアム:炭素排出量が企業経営のリスクに与える影響。二酸化炭素排出量が増えると株式などの企業の金融商品はより高いリターンを要求される)が実際に存在するのかを、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ:信用リスクを取引する金融派生商品)を用いて検証しました。

その結果を表したのが次のグラフです。
沖本:この結果を見ますと、これまでは、炭素排出量の大きさは企業の経済活動の証でもあったため、炭素排出量が多い企業の方が信用リスクは低かった。しかし、ESG投資が発展し、投資家がカーボンリスクを認識するようになった結果、CDSと炭素排出量の負の関係性は打ち消され、近年では明確な関係性が見られなくなってきていると考えられます。
蟹江:以前は炭素排出量が多いとその企業の信用を高める効果があったけれども、2005年から2006年を境に急激に効かなくなったということですね。

この結果は、セクター(業種)によっても大きく異なります。エネルギーや素材など排出量の削減にかかるコストが大きいセクターほどCRPが低く、ヘルスケアや通信など削減が比較的容易なセクターはCRPが高いと沖本氏は指摘しました。

沖本:消費者のESGに対する意識の高まりに伴い、後者は排出量の削減がブランドイメージを向上させ、企業業績につながる可能性が高いため、その事実を有効活用できていない企業に対するCRPが高くなっていると考えられます。

続いて紹介するのは、ESGによる企業価値を株式市場の観点から評価した研究。2002年~2019年の国際的な1,200社を対象にした分析結果が下のグラフです。
沖本:この結果を見ますと、2010年頃から、ESGと企業価値との間に正の関係性が見え始め、最近ではその関係性は明らかなものとなっています。
沖本:上のグラフのように、その効果はやはりセクターごとに差が見られます。一般消費財や生活必需品、ヘルスケアなど、ESGに取り組みやすく消費者や投資家と密接に関わるセクターほど、ESG評価が企業価値に与える影響は大きくなっています。

さらに、セクターだけでなく、企業が取り組むESG項目によっても市場評価には違いがあります。最近は、炭素排出量の他にも、女性活躍や人権など社会問題に直結する項目が重視される傾向があり、市場評価につながる可能性も高いと考えられます。
蟹江:当初はESGの中でも環境問題が非常に着目されていましたが、世の中が変化し、2010年以降はESG全般に関心が広がっているようですね。
沖本:まずは自社にとってどのようなESG項目がリスクの軽減や長期的なパフォーマンスにつながるのかを確認した上で、そういったESG項目に対する取り組みを市場に発信していくことが重要なのではないでしょうか。

企業価値を伝えるには?効果的なストーリーテリングとは

ESGが企業価値の向上に寄与することが示唆される一方、個別の企業に目を向けてみると、個々の取り組みが奏功するか否かは、そのストーリーの「伝え方」によっても大きく左右されると考えられます。ウェビナーの第2部では、経営学者の保田隆明氏と経済学者の安田洋祐氏、電通の小野総一氏の3名が登壇。「伝わらない時代のストーリーテリング」というテーマのもと、パネルディスカッションを行いました。

資本市場で長らく仕事をし、現在はアカデミックの分野でESGや企業の財務戦略の研究を行っている保田氏は、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)の概念を下図で紹介。ESGは市場成長率が高く、市場占有率の低い「問題児」の領域に当たり、日本企業はこうした事業に人的資本を投入するべきではないかと提案します。

保田:実際、あるアメリカの大企業は、人的資本の投入先を見直し、事業構造を大きく変えたことで成長しました。ESGスコアも最上位に位置する評価を得ており、時価総額も1.5倍と株式市場での評価も高まっています。

その一方で、ESGベンチャーの中には、ESGの取り組みが利益率の向上や株式市場の評価に結び付いていないケースも見られるといいます。

保田:例えば、ある新興シューズメーカーは、靴に使う素材は全てリジェネラティブ(環境再生)で、そのノウハウを他社にも提供することで、靴産業全体をリジェネラティブにしようという非常に良いストーリーを持っています。にもかかわらず、現在の株価はピーク時の10分の1に下がってしまっているのです。

こうした現状を踏まえて保田氏は、「結局、ESGは大企業にとって都合の良いストーリーテリングをするためのツールでしかないのか?」と問題提起しました。

(左)大阪大学経済学部教授 安田 洋祐氏、(中央)慶應義塾大学総合政策学部教授 保田 隆明氏、(右)株式会社 電通 小野 聡一氏

続いて、カーボンプライシングやGX(グリーン・トランスフォーメーション)、ESGなどに関する政府関連の委員も務める安田氏は、ESG投資型企業とパーパス経営型企業の違いという切り口から、下図を提示して企業が抱える課題を指摘します。

安田:ESG投資型の企業は、伝統的な企業と同じように「利潤最大化」が目的ですが、制約条件としてESGの観点から「一定の社会価値(v)の実現」が課されます。一方、昨今よく聞かれるパーパス経営型の企業は、自社が実現したい「共通価値(v*)の最大化」が目的で、企業として存続するために「一定の利潤の実現」が制約条件となります。

両者の大きな違いは、前者は社会価値を投資家や格付け機関など外部から課されるのに対し、後者は共通価値を自分たちで決められるという点だと安田氏は話します。

安田:どちらにもメリット・デメリットはあります。ESG投資型は、ESG評価項目にばらつきがある中で、外から課される価値をどのように調整していくかという点に課題がある。一方、パーパス経営型は、共通価値(v*)の実現という崇高な目的が儲からない言い訳に使われてしまうことがあります。結局、パーパスを追求しても市場シェアが小さくなり、社会価値を実現できないというジレンマが起こりやすい点に課題があると感じています。

企業タイプごとにESGをめぐる課題が提示される中、ストーリーテリングの重要性を強調するのは、電通でクリエーティブディレクターを務める小野氏です。

小野:これからの時代は、良いものづくりをするだけでは不十分と言っても過言ではないのではないでしょうか。従業員や取引先、株主、生活者など全ての接点において、自社の状況や取り組みを真摯に伝え続けて理解してもらい、その先に良好な関係を持続しながらものを売らなければならない時代だと思います。
小野:そんな中、実際にご相談としていただくのが「ESGの取り組みで正しいこと・良いことをしているのに伝わらない」というお悩みです。企業内でも部署ごとに意識差があったり、企業内では誇りを持ってやっていても生活者や株主には届いていなかったりという、内と外との分断も見られます。そこで大事なのは、企業としてみんなが信じられるストーリーを作りつつ、それを企業内の各セクションが自分たちの役割の中でしっかりとそれぞれの相手に届けるということではないかと思います。

ESGは言うなれば非財務指標。数値として見えにくい取り組みでもあります。その価値をステークホルダーに伝えていく上で、広告クリエーティブで培ったノウハウはどのように生かせるのでしょうか。

小野:広告の本質は15秒や30秒でシンプルに伝えること。企業が「正しいこと」を発信しようとすると、どうしても長くなってしまいがちです。それをなるべく削ぎ落とし、一言でキャッチーに届くようにすることで、従業員や生活者などステークホルダー全体に届けやすくなるのではないでしょうか。

 


 

ESGと企業価値との関係性について理解を深めることは、今後、企業がESGのどの項目に力を入れ、どのようなアプローチを行うかを考える上で非常に重要になるでしょう。ESGと株価の関係性を正しく理解すれば、ビジネスの楽しさや新たなチャレンジにもつながるかもしれません。自社のアピールポイントを継続的に伝えていく上でも、人を引きつけワクワクさせるコミュニケーションが求められていると言えそうです。

サステナビリティに対応するためのノウハウや人材を集約した電通サステナビリティコンサルティング室では、効果的なコミュニケーション戦略から、サービスやプロダクトのサステナビリティ対応、システムの構築まで、幅広いサポートを行っています。ESGへの取り組み方、その価値の伝え方などに課題を抱えている方は、ぜひCONTACTよりお気軽にお問い合わせください。

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株式会社 電通

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

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