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2023/05/29

企業の「パーパス」を社員に浸透させるために。哲学対話というアプローチが果たす役割とは?(前編)

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近年、企業の存在意義として「パーパス(purpose:目的/意図)」を策定する企業が増えています。パーパスは、将来に向けた理想像である「ビジョン」や、社会的使命である「ミッション」などの根底に位置するもので、これを設定することで企業価値の向上や社員の意欲喚起にもつながります。

そうした中、2023年3月、東京大学 共生のための国際哲学研究センター(以下、UTCP)上廣共生寄付講座 特任研究員の堀越耀介氏株式会社 電通は共同で、「哲学対話」を活用した「マイパーパス策定プログラム」の提供をスタートしました。

今回は哲学対話の実践者である、東大の堀越耀介氏と、プログラムを開発した電通の中町直太氏にインタビュー。前編では、プログラム立ち上げの経緯やサービスの概要を紹介します。

哲学対話を実践してきた研究者と、企業ブランディングの専門家の出会い

Q.現在、企業単位のパーパス設定だけでなく、社員の「マイパーパス」策定にも取り組み始めるところが増えています。このマイパーパス策定と、哲学がどのように結び付くのかは非常に興味深い点です。まずは、堀越さんがこれまでどのような活動をされてきたのか、なぜ電通の中町さんが哲学と出会ったのか、といったお話からお聞かせください。

堀越:私が所属するUTCPは、単なる哲学研究だけでなく「市民向けに開かれた哲学を」という趣旨で、社会実践などをテーマにしている研究者が集まっています。私が取り組んでいる「哲学対話」とは、対話の参加者が自らの経験に基づき、自らの言葉で話し、問いを出し合うことで考えを深めていく手法です。当初は、学校など教育機関での実践が中心でしたが、ここ数年「哲学コンサルティング」の一環で、企業で実践する機会も増えてきています。
東京大学 堀越 耀介氏
中町:私の専門は、一言で言うと企業ブランディングです。企業のビジョンやミッション、パーパスなどを策定し、そのパーパスをいかに社員に浸透させていくか。また、外に向けてどのようにブランディングを行っていくかなど、企業価値向上のためのコンサルティングを行っています。

近年、企業にとってパーパスが非常に重要だということで、多くの企業で策定が進んでいます。その一方で、パーパスを策定した企業が、社員へのパーパスの浸透やパーパスに基づいた行動の実践に関しては苦戦しているという課題が浮き彫りになってきました。加えて、最近では、組織の中で上から言われた通りに行動するだけではなく、社員1人ひとりが現場で主体的・自律的に行動することが求められています。そのため、単に企業としてのパーパスを掲げるだけでなく、それを社員自身が「マイパーパス」として落とし込まなくてはいけないのです。こうした課題は、社員数の多い大企業ほど顕著だと思います。

個人的に興味があって、私は5年ほど前から堀越さんの哲学対話のワークショップに参加していました。当初は私自身の知見を広げる目的で参加を始めたのですが、企業のパーパス関連課題と向き合う日々の中で、堀越さんの哲学対話は非常に有効な手法ではないかと思い至ったんです。

奇しくもそんな折、私は2022年3月に日本広告業協会(JAAA)の懸賞論文で金賞をいただいたのですが、その論文を堀越さんにも読んでいただいた中で、何か具体的にご一緒できるのではないかと思いたち、今回のプログラムづくりが始まったのです。
株式会社 電通 中町 直太氏

Q.哲学の研究者といえば、真理の探究など哲学そのものへの興味の方が強い、と想像する読者も多そうですが、堀越さんは、元々哲学の社会への実践に興味があったのでしょうか?

堀越:私の場合は社会実践も、哲学そのものの探究も、両方に関心がありました。哲学対話には学部生時代から取り組んでいますし、哲学の研究も博士課程まで続けてきました。とはいえ、研究としては哲学対話はあくまでサブテーマという位置付けで取り組んでいたのですが、近年日本社会でも、哲学対話を教育やビジネスの現場で取り入れる流れが生まれてきたのもあって、私も研究の主軸を、哲学対話による社会実践へと移行していきました。

哲学対話を軸に目的別にカスタマイズできるプログラム

Q.堀越先生は既に教育機関や企業へのコンサルティングなども豊富に実践されていらっしゃいますが、今回の「マイパーパス策定プログラム」では、具体的にどのようなプログラムをクライアント企業さまに提供できるのでしょうか。

中町:このプログラムでは、企業のパーパスを基に、1人ひとりの従業員が、その企業で働く意義である「マイパーパス」を策定するための研修、ワークショップなどの提供を行っています。社員が企業のパーパスに当事者意識を持って、主体的・自律的に取り組む環境をつくり出すことが目的です。経営層から現場まで、われわれが介在してお手伝いすることもあれば、現場で自走してもらうための研修やファシリテートの支援なども想定しています。

具体的な提供プログラム例としては、下記のようなものがあります。

・哲学的思考、哲学対話のビジネスへの効用に関する勉強会の実施
・哲学対話を活用したワークショップの企画、ファシリテーション
・哲学対話のファシリテーション研修
・マイパーパス策定に向けたファシリテーションマニュアル、eラーニングプログラム、ワークシートの作成
・マイパーパス策定を軸とした社内浸透コンテンツの制作、表彰制度、階層別研修等の統合的なインターナルコミュニケーション施策の開発

もちろん、クライアント企業さまのニーズによって、規模ややり方は柔軟にカスタマイズできるようになっています。大きな組織だと人数も多いので、効果的に浸透させていくにはeラーニングのような手法を通じて、思考のプロセスを提供することも。また、今はいわゆる1on1面談を実施する企業も多いので、中間管理職と現場社員との1on1面談に、パーパスについての対話やマイパーパスの策定を取り入れてもらうケースもありますね。
堀越:哲学対話のアプローチ例としては、下図のようなイメージです。哲学対話では、曖昧にされがちな言葉や概念、考え方を、徹底的に問い直していくのです。
哲学対話のアプローチ例

Q.企業のパーパスの浸透、そして、マイパーパスの策定に哲学対話が有効である理由を、もう少し詳しく教えてください。

堀越:企業のパーパスは、そもそも社員に意識されづらいものだと思っています。企業としての大きな枠組みで策定されるものなので、見たり読んだりしただけでは社員が自分ごととして飲み込めない、といったケースもよくあります。そこへ「あなたはどう解釈する?」と問いかけることで、「会社のパーパスを自分なりの視点で解釈していいんだ」という気付きが生まれる。そこからパーパスの浸透が始まるのだと思います。

人は、「何かに積極的に取り組むかどうか」を判断する際に、自分がそこに参加する余地や余白があるかどうかを重視します。パーパスに自分の解釈を入れていい、自分の言葉にしてもいい、疑問があるなら投げ掛けてもいい。そんな状況を哲学対話でつくっていくことで、組織への帰属感や参加意識、パーパス理解を醸成することができるのです。

問いを立てることも含めて、これまで積極的に意識していなかったものに対する思いを、言語化することに意味があります。「仕事の社会的価値とは何か」「働くとはどういうことか」。分かっていたつもりでも、いざ考えると答えが出なくてモヤモヤする。当たり前だとされていたことにも「これは違うのでは」といったモヤモヤが生まれるかもしれない。哲学対話は、そんなモヤモヤを原動力に進みます。それがマイパーパス策定においても使えるわけです。パーパスに対して自分は何をすべきかを考えることで、マイパーパスが生まれる。そこが哲学対話を用いる意味であり、新しさなのです。

 


 

企業のパーパスは策定するだけではなく、社員への浸透や行動による実践によって、よりその価値を発揮できること、そのために、哲学対話という手法が、大きな役割を果たすことが分かりました。後編ではこのプログラムによってブランディングはどのように変化していくか、また、哲学対話の活用についての今後の展望などを紹介します。

パーパスの策定や浸透をはじめ、事業開発や組織改革など、哲学対話を活用した組織のさまざまな課題解決に関心のある企業や自治体、教育機関の方は、お気軽にCONTACTよりお問い合わせください。

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株式会社 電通

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

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