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2022/06/27

女性の課題を解決するテクノロジー「フェムテック」の現在地

INDEX

「フェムテック(Femtech)」という言葉を聞いたことがありますか。Female(女性)とTechnology(テクノロジー)を掛け合わせた造語で、女性が抱える健康の課題をテクノロジーで解決できる商品(製品)やサービスのことを指しています。

日本でも近年注目が高まっており、自由民主党内では「フェムテック振興議員連盟(フェムテック議連)」も発足。近年は経済産業省の支援の下、各企業で実証実験も始まるなど、官民でその動きは活発化しています。しかし一方で、そういった事業に関わる人以外では、まだなじみのない分野かもしれません。

そこで今回は、株式会社 電通でフェムテックをテーマとするプロジェクトを推進している奥田涼氏にインタビュー。「フェムテックを推進している人のリアルな声」を聞きました。多くの方に、フェムテックの可能性や課題について知っていただくきっかけになれば幸いです。

「フェムテック=女性のもの」という先入観を変えることが重要

Q.まずは奥田さんのキャリアについて、簡単にご紹介いただけますか。

奥田:新卒の時はコンサルティングファームに就職して5年ほどで転職、現在は電通の関西支社に勤務しています。コンサルティングファームでの経験により、新規事業開発やオープンイノベーション系の仕事に携わることが多くなっています。その過程でスタートアップ企業とのコネクションも増え、今の私のリソースになっています。

基本的には、コンサルタント的に「受注してから動く」ことが多いのですが、それだけではなく、「自らテーマを設けて主体的に動く」取り組みも推進してきました。その中で、まだ「フェムテック」という言葉が出始めたばかりの2019年7月に、フェムテックプロジェクトを社内の有志と立ち上げて、今に至ります。

Q.今、日本ではフェムテック関連市場の拡大が進んでいますし、フェムテックが発展することで、SDGsの目標の5つ目「ジェンダー平等を実現しよう」を後押しする効果も期待されていますよね。でも、数年前まではここまで注目されていなかったと思います。奥田さんはなぜ早くから「フェムテック」に興味を持たれたのでしょうか?

奥田:新卒でコンサルティングファームに勤める前は、6年間アメリカに住んでいました。その後日本で就職して、5年後には大阪で働き始めたわけですが、その間、私は結婚・出産を経験し、ワーキングマザーになりました。アメリカ→東京→大阪と生活基盤が変わり、同時にライフステージも変化していく中で、「女性」という枠にはめられていく意識が強まり、ストレスが大きくなっていく気がしたんです。

そんな中、さまざまなスタートアップ企業とのつながりの中で、「フェムテック」という新たなテクノロジーカテゴリを知りました。非常にキャッチーで良いな、と思うと同時に、ちょっと「女性志向過ぎる言葉」という気もしました。その時、「フェムテック」という言葉の受け取られ方を女性を中心に広く設定し、課題解決の当事者を拡大することで“女性のためだけじゃないフェムテック”を作る必要があると考え、ここに電通の出る幕があるのではないか、と思ったのです。そこで、私たちが考える「フェムテック」をしっかり世に打ち出そうと、プロジェクトを立ち上げました。

取り組み事例①:腟内検体採取式 子宮内フローラCHECK KIT

Q.そこで奥田さんたちが始めたプロジェクトが、この「Femtech and BEYOND.(フェムテック&ビヨンド)」という活動ですね。こちらの取り組みについてご紹介いただけますか。

奥田:当初、このプロジェクトはこの領域に課題意識の高い、男女の有志4人でスタートしました。その後、フェムテックや女性の課題に対する熱意を持ったメンバーにお声掛けいただき、今では10名までメンバーまで増えています。

「フェミニズム」という言葉は、今の日本では少し揶揄するような意味も含んでしまっている印象があります。だからこそ、「フェムテック」への敵対者を増やしてはいけない、というのが当初からの思いでした。男性を巻き込んで進めていきたいのに、「女性を守る」「女性のために」というような文脈が強調されて、それで男性が付いてこられず引いてしまったら、人口の半分を敵に回す状況になってしまいますから。

ただ、女性の側から見ると、どうしても「我慢することが当たり前」「仕方ないことが当たり前」という意識が非常に多いのです。それが故に、課題であるということにすら気付かれていないことも多くあります。ですから、まずは「こういう課題がある」ときちんと指摘して、その上で向き合っていくことから始めよう、とスタートし、今ではさまざまな方面のプレーヤーとともに「フェムテック」をテーマとした共創事業開発に取り組んでいます。

取り組んだ事例の1つが、Varinos株式会社と株式会社ファミワンという2つのスタートアップ企業の共同事業である「腟内検体採取式 子宮内フローラCHECK KIT」のマーケティング・クリエーティブ開発事業です。多くの人は「腸内フローラ」という言葉は聞いたことがあったとしても、「子宮内フローラ」の存在は知らないのではないでしょうか。近年の研究によって、子宮内にも細菌が存在しており、かつその菌環境が妊娠率や妊娠継続率などに影響する不妊治療の成否を左右する、ということが分かってきました。つまり、「子宮内フローラ」を調べれば、妊娠しやすい環境か、性感染症のリスクが高い環境か、といったことを把握しやすくなるのです。

しかし、今まではこの「子宮内フローラ」を調べるためには、婦人科などで子宮内から直接検体をとって解析する方法しかありませんでした。婦人科に行くこと自体女性にとってはハードルが高いですし、検査にかかる費用も高額です。そんな中で、今まで医療施設でしか採取できなかった検体を腟内から自宅で採取し、郵送するだけで「子宮内フローラ」の環境を知ることができる検査キットのマーケティング戦略・クリエーティブ開発に携わりました。

最先端のユニークな技術を持っているスタートアップ企業はたくさんありますが、それをなるべく多くの人に、気軽に使ってもらうためには、マーケティング戦略やクリエーティブの力が必要になります。そういった領域を私たちが支援することで、今までにない商品やサービスを世に送り出しているのです。

Q.「妊活」という言葉もずいぶんと定着してきましたが、「妊娠したくてもできない」という悩みを抱えている女性は多くいらっしゃいますよね。

奥田:日本では、晩婚化や晩産化を背景に、不妊に悩む人が年々増加しており、つらい不妊治療を続けている人も多くいらっしゃると言われています。そんな中で、この「子宮内フローラ」を検査すれば、妊娠しやすいコンディションかどうかの1つの要因を知ることになりますし、仮に子宮内環境が妊娠に適さないという解析結果だった場合でも、その状況を把握し医師に相談することで、改善策を検討できるかもしれません。なかなか原因が分からない中で不妊治療が続く、という状況から解放される女性も増えるのではないでしょうか。

それに、やはり女性にとっては、体調の不安やちょっとした悩みがあったとしても、病院に行くというのはハードルが高いと感じる人も多いですよね。妊活に限らず、ちょっとした不調があっても病院に行かず、症状が悪化してようやく診断してもらったらもう手遅れ、というケースはとても多いと聞きます。ですから、まずは簡単に自宅で採取して検査できるツールがあれば、きっと多くの女性に喜んでもらえるのではないかと。そういう点も含め、今回のような取り組みはとても大切だと考えています。

取り組み事例②:元気じゃない日の、フライパン

Q.他にも、商品開発をしてクラウドファンディングで販売している、というケースもあると伺いました。

奥田:フェムテックフライパンとして、「元気じゃない日の、フライパン」という商品を開発しました。

生理がある女性は特に鉄分が不足している人が多いといわれています。しかしこれまでは、「貧血になりやすい」くらいの認識はあっても、そこまで大きな問題として捉えられていない場合が多かったのではないでしょうか。ところが、今ではさまざまな研究によって、鉄分不足によって鬱病になりやすい、などの悪影響があることも分かってきました。そして実は日本の女性は、世界的に見ても鉄分が不足しているのです。

ではそれをどう補えばいいか。今は市販のサプリメントも充実していますが、毎日取り続けられる人は、限られるのではないでしょうか。もちろん、一番良いのは食生活で改善していくことなのですが、「毎日、鉄分を意識した食事を取りなさい」と言われても、実践するのはなかなか難しいですよね。そこで私たちは「毎日の生活動線を変えずに鉄分不足を補うとしたらどんな手があるだろうか?」をテーマに考え、「鉄器で日常的に鉄分を補う」という昔からの知恵に着目し、たどり着いたのが「鉄製のフライパン」でした。

ただ、普通に鉄でフライパンを作るとなると、「重い」とか「手入れが大変」となってしまい、結局使いにくいことになってしまいます。そこで、大阪の非常に高い技術を持った金属加工会社と協業し、「とにかく軽い」「持ち手が、とても持ちやすい」「買ってすぐに使え、手入れも簡単」など、使い勝手に徹底的にこだわったフライパンを開発しました。この案件では、マーケティング領域だけでなく、プロダクトデザイン領域にも積極的に関わり、商品開発に結び付けることができました。

これからの日本のフェムテックに必要なことは何か

Q.奥田さんが「Femtech and BEYOND.」に取り組んでから3年ほど経過しています。これまでの経験の中で、難しいなと感じたのはどのようなことですか。

奥田:これまで私たちは、ユニークな技術を持ったスタートアップ企業との取り組みが多かったのですが、「フェムテック」というものをより日本に広げていくためには、大企業との連携も必要不可欠だと感じています。大企業の持つ生産力や流通網などを活用することで、より大きな規模で認知を獲得したり実際に手に取ったりすることができます。ですので、大企業での商品開発やコミュニケーションを進めることが大切だと強く思っています。

しかし、果たして大企業にとって、この「フェムテック」という領域はどう見えているのでしょうか。例えば決裁者が男性であれば、フェムテック関連商品のマーケットポテンシャルをどうしてもリアルに感じてもらえないケースもあるかもしれません。そうなると、試作品はできたとしても、本格的に売り出すところまでなかなかたどり着かないことも考えられます。

さらに、「女性の課題」に向き合ったトピックというのは往々にして炎上しやすい、という現実もあります。「〇〇な女性のために」という文脈で打ち出したら、「この商品で解消しろと言うことが間違っている」といった指摘が入ることも。そのようなことが起こる度に「炎上するのでは」というリスクマネジメント意識が働き、打ち出すにしてもなるべく小さく、という発想になりがちなのではないでしょうか。

しかし、例えば昨年日本でも、複数の有名なブランドが、吸水機能を持ったサニタリーショーツを発売して話題になりました。やはりこのようなことがあると、本当に市場が変わるな、と思います。日本社会を大きく変えていくには、このように大企業に参入してもらうことも重要だということをあらためて感じたケースでした。

Q.そういった難しさも感じながら3年間取り組んでいらっしゃったわけですが、今後さらにこうしていきたい、こういうところを強化したい、と思っていることはありますか。

奥田:とにかく、フェムテックに関わる「関係人口」を増やさなければいけないと思っています。そのためには、「女性」以外のターゲットを増やしていくことが重要です。

例えば「妊活」で困っているというケース。フェムテックの視点から考えると、「妊娠したい女性」というターゲットに対してどのようなことができるか、というシナリオになります。そして「パートナーである男性向けにどのようなことができるだろうか」「その親に対してどのようなことができるだろうか」と、周辺の人に対しての新たなビジネスを空想する。その上で、テクノロジーやコミュニケーションで何ができるのかを考える。そういった取り組みを始めています。

先ほども言いましたが、「フェムテック=女性のためのもの」となると、関係ないとそっぽを向いてしまう人も多くなってしまう恐れがあると考えます。社会全体を良い方向に変えていくためには、なるべく多くの人々が課題に共感する必要があると思います。課題を抱えている女性を支援するのはもちろんですが、直接実感しにくい男性や、その課題を持たない女性やその他のみんなにとって良いと思えるテクノロジーとコミュニケーションを生み出していくことが何より重要なのです。そしてそのためには、さまざまな企業の力が必須だと思いますので、パートナーシップをどんどん広げていきたいと考えています。

 


 

フェムテックは「女性を救う、これからの技術」である一方で、それは「男性には関係ない」ということではない、という奥田氏の指摘は非常に大きな示唆を持っています。フェムテックに限らず、何らかの課題や困っている人を救うための取り組みは、受け取られ方によっては「それ以外の人を遠ざける」というリスクもはらんでいるということです。だからこそ、「関係人口を増やす」ことは重要なのではないでしょうか。

この考え方は、あらゆるビジネスにとって重要かもしれません。嗜好が多様化する中で、マスマーケットは消滅し、細かいターゲッティングが重要だ、というのが最近のマーケティングの主流となっていますが、それは同時に、嗜好を特定すればするほどマーケットが小さくなることでもあります。だからこそ、投資できないという判断がなされることも多いでしょう。しかし特定のニーズを捉えた上で、「その周辺の人たちに関与してもらうにはどうしたらいいか」を考えると、それまで見えていなかった新たなニーズやアイデアが見えてくることもあるのではないでしょうか。

もし「今の自分のビジネスにフェムテックは関係ない」と感じているとしても、あえて「もしフェムテック領域に踏み込むのであればどうするか」と空想してみてはいかがでしょうか。その空想こそが、トランスフォーメーションをもたらす大きな力になるかもしれません。

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株式会社 電通

※引用されたデータや状況、人物の所属・役職等は本記事執筆当時のものです。

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