宇宙に関連した技術開発によって、生活やビジネスなどへ新たな価値をもたらそうとする「スペーステック」。このスペーステックの進化によって、どのような変化が起きているのか、株式会社 電通のビジネス・プロデューサーであり、一般社団法人スペースポートジャパンの共同創業者で理事も務める、片山俊大氏へインタビューを行いました。前編では、地上に住む私たちとは縁遠いものと思われた宇宙ビジネスが、意外にも「地上の経済」に強い影響を与える可能性があることを、宇宙船が発着する施設「宇宙港」の建設などを例にお伝えしました。後編では、宇宙ビジネスがもたらすソフトコンテンツへの影響や、さらなる展望について詳しく聞きます。
宇宙ビジネスの拡大は、全ての人の生活を変える

Q.宇宙港がもたらす可能性についてはよく分かりました。しかし、片山さんがおっしゃったように、宇宙港はあくまでも「地上インフラ」ですよね。すると、宇宙そのものが私たちにとって身近になるのはもっと先にも思えますが、いかがでしょう。
片山:今人類で、インターネットと関わることなく生活している人はほとんどいませんよね?でも少し前までは、インターネットなんてない、もしくは本当に一部の限られた人だけが活用するものでした。1990年代から本格的に商業利用されるようになって以降は、インターネットのない毎日なんて考えられない、という方も増えたことでしょう。これと全く同じようなことが、宇宙ビジネスにも言えるのではないか、と私は考えています。
前編で「人工衛星はこれからますます増える」と言いましたが、たくさん衛星を打ち上げて一体何をしようとしているのか。さまざまな目的がありますが、そのうちの1つとして、「衛星を利用して宇宙にインターネット網をつくる」ことが挙げられます。宇宙を経由した電波のやり取りによって、地上の通信・放送よりも圧倒的に広い領域をカバーできるようになります。宇宙通信が可能になれば、それこそ「どこにいても通信可能」。エベレストの頂上でも、太平洋のど真ん中でも、受信機があれば通信できるようになります。なので、どんな極地でも遭難のリスクを軽減できます。また、車の自動運転を実現するためには、非常に精緻なGPS等の測位技術が必要で、それにも一役買うでしょう。宇宙通信網ができることで、地上でのさまざまなサービスがより進化していく、ということになります。
また、その他の目的として、「人工衛星を用いた地球全体のモニタリング・センシング」が挙げられます。それにより、ロボット技術や情報通信技術を活用した「スマート農業・漁業」が進化します。広大な農場を宇宙からモニタリングして、最適なタイミングで肥料をまいたり収穫を始めたりする。あるいは、海をチェックしてどこに魚群がいるかをつかみ、漁業を効率化する。気象データや海水などをチェックし、災害に備える。天然資源を探す。宇宙から地球を見ることで、さまざまな生産性や防災力が高まります。ビジネス、生産業、平和利用と、これからは宇宙との関わりが不可欠な時代に突入するのではないでしょうか。
一方で、これらの宇宙開発は非常にお金がかかるので、世界的な潮流として、民間の力を利用していこう、という流れになっています。2020年5月には、イーロン・マスク氏率いるスペースX社の有人宇宙船「クルードラゴン」が、民間企業として初めて2人の宇宙飛行士を国際宇宙ステーションに運びました。これによってアメリカは、スペースシャトルの退役後、9年ぶりに自国の有人宇宙船を持つことになったのです。国際宇宙ステーションとの往還は、政府による莫大な支出によって民間企業を支えていますが、その技術を利用して、富裕層を対象にした「宇宙旅行」という民間同士のビジネスが誕生することになりました。最近になっていろいろな宇宙旅行サービスが登場してきた背景には、このような事情もありますね。
スペーステックの進化が、新たな哲学やソフトコンテンツを生み出す
Q.前編で「宇宙港」がもたらす可能性、そして次には宇宙開発が進むことで私たちの生活も変わっていく可能性がある、とお話しいただきました。宇宙関連技術が進化することによって、ソフトコンテンツが進化することもあるのでしょうか?
片山:分かりやすいところで言えば、国際宇宙ステーションと地球をつないだ「KIBO宇宙放送局」でしょうか。そこでは「宇宙の初日の出」や地球周回の映像を撮影・放送しているのですが、これらを、例えば代替不可能なデジタル資産である「NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)」として販売する動きが出ているのです。このような発想は、ある意味で宇宙技術者やロケット開発者からは生まれにくい。つまり、「宇宙に行けるようになった、じゃあそれを活用してどんなビジネスをしようか、どんなプロジェクトをしようか」ということは、宇宙にどっぷり漬かっていない人の方が、いろいろと考えられることも多いんです。
既に昨年、ロシアは映画監督と女優を国際宇宙ステーションに送り、そこで映画を撮影しています。2024年には国際宇宙ステーションに映画スタジオをドッキングさせるという計画もありますね。
あと、私が個人的に面白いと思ったのは、アメリカのスタートアップ企業が提供している、星占いのアプリ。数千年の歴史を持つ占星術と、実際の天体データとを組み合わせて「今の運勢」を送ってくる、というサービスなのですが、最先端の天体データに占星術が絡むというのが興味深いですよね。
これに関連して言いますと、京都の醍醐寺による「人工衛星を用いたお寺の打ち上げ」という取り組みもあります。それは、開祖の空海の教えに従っているからなんだそうです。空海は宇宙の研究家でもあるんですね。
曼荼羅や五重塔は、当時の仏教の宇宙観から生まれているといいます。ですから、昔の高名な僧侶というのは、宇宙の研究家とも言えるわけです。本当に宇宙に行けるほど技術が向上したところに神秘的なものが絡んでくる、というのが面白いし、今後のコンテンツは、科学と神秘の融合から生まれてくるのではないかと思います。
Q.「科学と神秘の融合から、新しいコンテンツが生まれる」という発想は、非常に面白いですね。確かに、「新しい技術や世界」が誕生したときに、神秘的なものを感じたり、あるいは哲学のようなものが生まれたりということはある気がします。
片山:宇宙飛行士の中には「あれだけ憧れていた宇宙に行った結果、その最大の発見は地球の尊さ」という方が多くいます。このような、あり得ない体験が大きな意識変革をもたらす現象を「オーバービュー・エフェクト」と言います。宇宙から見た地球の姿はもちろん、帰ってきて地上に降り立った時に感じる風や土の匂いがとても素晴らしいものに感じる。それに関係があるかは定かではありませんが、宇宙飛行士のセカンドキャリアとして多いのが「神父」や「農家」だそう。宇宙を体験することで、信仰の世界や、地球での生産活動へと回帰するみたいですね。1人の宇宙飛行士の中でも、大きな世界の変化が起こっているのを感じます。
移住を考えることは、地球環境を見直すこと。宇宙ビジネスが育む環境意識
Q.宇宙に関わる体験が、人の意識も変えていくのですね。そのほかに、宇宙ビジネスがもたらす影響としては、どのようなことが考えられるでしょうか。
片山:現在、宇宙開発においては、月や火星の探索活動が再び活性化しています。月は、今後宇宙における燃料補給基地となるような開発が計画されていますし、火星には移住計画があります。イーロン・マスク氏は火星移住計画を提唱し、2029年頃までに初の有人火星着陸を目指す、としています。
技術的に実現するかはいったん置くとして、人類が火星に行くことができ、無事にそこで街をつくり始めることができたとします。しかし、もしそこに何らかの「先住民」がいたとしたらどうするか。人類の都合で、その生命を排除していいのでしょうか。また、現状の火星の環境では人類は住めませんから、環境を人類に適しているように変えなければいけません。これは、火星側から見れば「環境破壊」とも言えます。人類は地球で大規模な経済活動を繰り広げ、結果的に環境破壊を行って、これ以上地球に快適に住むことができなくなりつつあります。そこで移住先として火星を選び、そこの環境をまた大規模に破壊することで住みつく。果たしてそれは、倫理的に正しいことなのでしょうか。
このようなことを考えるのが「宇宙倫理学」。人類の宇宙進出に伴って起こる影響について、文理問わずさまざまな学問や知見を用いて、倫理的基準を考える新たな学問分野です。本当にまだ黎明期で、いま議論しているようなことが正しいのかすら分からない。数年後には全く違う学問として成長しているかもしれない、そんな状況です。このように、宇宙という、上空100㎞以上の世界が解放されることによって、そこに人の精神世界も融合し、新たな思想や哲学も生まれていくきっかけができるのです。
「宇宙倫理学」の視点も持ち込むと、「そもそも火星移住は必要なのか」という視点も生まれてきます。火星は、他の惑星に比べれば移住できる可能性が高いとはいえ、人類が住むには、その環境はあまりに過酷です。平均気温は氷点下60℃前後と極寒。空気はありますが、大気は非常に薄く、しかもそのほとんどは二酸化炭素。この火星を人類に適した環境にするために、高度な技術を使ってさまざまな計画が立てられています。しかし、もしそのような技術が誕生したら、それを活用すれば、何も危険を冒して火星までいかなくとも、地球環境をより良いものに修復・進化させていくことができるのではないか。むしろその方が、火星の環境を変えるよりも効率がいいのではないだろうか。そんな議論も生まれているのです。
例えるなら、F1の開発に近い視点かもしれません。F1という超高性能のスーパーカーを開発しても、それが市場に出ることはありません。しかし、その開発過程で培われた高度な技術は、いずれ市販車の開発に生かされていく。つまり「火星に新たな生態系をつくる」というチャレンジは、実は「地球環境を取り戻す」ための究極的なR&D(Research and Development:研究開発)の役割も果たすのです。
Q.最後に、片山さんの今後の宇宙ビジネスにかける思いをお聞かせください。
片山:前編で申し上げた通り、私はもともと宇宙に深く関わっていたわけではありません。一方で、今宇宙に関わっている人たちの多くは「子どもの頃から宇宙飛行士が夢だった」「いつか宇宙から地球を眺めてみたい」というように、本当にずっと宇宙と向き合ってきた人たちが多いのです。そんな中では、ある意味で、私のような人間だからこそ、一歩引いた視点で「宇宙開発の価値や意味」を広く発信したり、非宇宙企業と連携した新事業創造をしたりするのが得意なのかもしれません。
スペーステックや、そこから生まれる宇宙ビジネスは、全ての人にとって大きな可能性を持っていますし、もし日本がこれに乗り遅れてしまうと、本当に取り返しのつかないことになりかねない。そんな希望や危機感を持ちながら、これからも宇宙ビジネスの可能性を、なるべく分かりやすく、皆さんに伝えていきたいと思います。
インターネットの拡大が私たちの生活を大きく変えたように、スペーステックの進化と、それに伴うさまざまな新しい宇宙ビジネスの拡大によって、私たちの生活は大きく変わっていきます。同時に、技術の進化が新たな哲学や思想、コンテンツ、文化などを生むこともあるでしょう。とすると、「宇宙産業」とは、1つの産業カテゴリーにとどまらず、これからの人類の生活基盤を築く産業となっていくかもしれません。一見、正反対の場所にある「宇宙」と「農地」が、実は「スマート農業」という形で結びついていく。このように、スペーステックの進化が、私たちのビジネスやライフスタイルをより良いものに発展させてくれる可能性は十分にあります。特に、今後ますます少子高齢化という大きな課題と直面しなければならない日本にとっては、宇宙産業の振興や活用が将来の成長の大きなカギを握るかもしれません。
片山氏は、『超速でわかる!宇宙ビジネス』(すばる舎)という本を出版しています。インタビューでは語りつくせなかったことも含め、この本では宇宙ビジネスのこれまでとこれからが非常に分かりやすく説明されています。ご興味がある方は、ぜひご一読ください。