昨今、マーケティングやサービス設計などの企画提案の際、「カスタマーサクセス」という言葉を聞くようになった人も多いのではないでしょうか。カスタマーサクセスとは、サブスクリプションサービスなどが普及するに伴い、顧客を成功に導くために、能動的に働きかけ、サービスの継続利用を促すという考え方を表した言葉です。カスタマーサクセスでは、顧客接点をハイタッチ・ロータッチ・テックタッチの3つの段階に分け、リソースを効率的・効果的に活用することが重要です。それぞれの接点におけるポイントを解説するとともに、近年のトレンド「デジタル・ハイタッチ」についてもご紹介します。
サブスクリプションビジネスなどで重要なカスタマーサクセス
カスタマーサクセスとは直訳すると「顧客の成功」。顧客に商品やサービスを購入・契約してもらうだけではなく、その商品やサービスを利用することで顧客を成功や成長に導こうと中長期的に支援する取り組みのことです。その結果、顧客の満足度が上がり、継続して使い続けてもらう、あるいは追加購入してもらうことで自社の利益を最大化させることを目指します。
特に、近年拡大しているサブスクリプションビジネスにおいては、カスタマーサクセスは重要な視点だと考えられています。サブスクリプションの場合、商品を一度購入したら終わりではなく、利用する期間に応じて、定額料金を支払ってもらうことで企業は利益を得ています。そのため、一度契約した顧客に対して利用を継続してもらえるように、積極的に働きかけていくことが必要になるのです。
例えば、大手ECモールでは、ハチミツと乳幼児向け製品を同時購入する顧客がいた場合、「ハチミツは乳幼児に与えるとボツリヌス症のリスクがある」ということを注意喚起するアラートメールを送るシステムがあります。これは、商品の購入後、顧客に望ましくない事態が起こるのを予防するためで、結果的に顧客からの高評価につながっています。
ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチの3段階で最適なアプローチを検討
カスタマーサクセスにおいて大切な指標の1つとなるのが「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)です。LTVでは、顧客が一生の間にある企業の商品・サービスをどれだけ購入し、利益をもたらすかを算出した値。一般的には「平均顧客単価×収益率×購買頻度×継続期間」などで求めることができます。
カスタマーサクセスでは、このLTVと顧客との接点を軸として、顧客をハイタッチ・ロータッチ・テックタッチという3つの段階に分け、それぞれに対して最適なアプローチをすることが重要だと言われています。
大口顧客など、LTVが高いと思われる少数の顧客に対して、個別最適な手厚いサポートを実施する「ハイタッチ」、大口とは言えずとも収益に影響を与える層に対して、ある程度の人員と工数をかけた丁寧なサポートを行う「ロータッチ」。「テックタッチ」では、LTVが低いもののロングテールマーケットとなっているボリュームの大きな層に向け、デジタルテクノロジーによる集団的な対応を行います。
ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチのアプローチ方法と成功ポイント

それでは、ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチの具体的なアプローチ方法と、成功のためのポイントを見ていきましょう。
ハイタッチ
ハイタッチは「人接点」とも言われ、最も高いLTVが見込める層に対して行われるアプローチです。いわゆる大企業や大口顧客を対象とし、専属の担当者をつけて電話や対面などできめ細やかなフォローアップを行います。費用対効果が高いことに加え、ロータッチ・テックタッチより顧客数が少ないことから、手厚いフォローが可能です。
また、契約プランのカスタマイズなどにも個別に、柔軟に対応。ある程度コストをかけても、顧客の満足度を上げることで解約を防ぎ、より強固な関係性を築くことが、LTVの最大化につながるでしょう。ロイヤルカスタマーとして良好な関係を維持していくため、「感動・信頼」の要素を打ち出すのが成功のポイントです。
既存の大口顧客に限らず、新規の顧客に対してハイタッチ寄りのアプローチを行うケースもあります。これは、サービス提供初期にカスタマーサクセスを実現できると、その後も利用を継続してもらうことができ、LTVを高く保ちやすくなるためです。
ロータッチ
中間層であるロータッチはハイタッチ層ほどではないものの、テックタッチよりは高い売上が見込める層が対象。顧客へのサポートの仕方も、ハイタッチとテックタッチの中間くらいとなります。基本的には個別対応ではなく、やや汎用化されたサポート、あるいはワークショップ、セミナー、イベントなどを通じて、ある程度集団に向けたアプローチを行います。イベントなどの場所を通じて複数の顧客と接するため、その場で感じられる「心地良さ・楽しさ・うれしさ」などが成功のポイントです。
また、ロータッチの対象となる層は、ハイタッチ層に成長する見込みがあることから、時には個別対応を行って、より良いカスタマーサクセスにつなげようとすることもあります。
テックタッチ
低単価のサービスの利用者や小口の取引先など、LTVは低いと見込まれるものの、人数が最も多い層に対して行われるのがテックタッチです。テックタッチは「デジタル接点」とも呼ばれ、チャットボットや定型のメール配信、FAQによる疑問の解決などが用いられます。ロングテールマーケットの特性上、多様なニーズを持つ利用者が含まれる層となりますが、デジタルツールを駆使することで、ここに分類された多くの顧客にも均一のサービスを提供することが可能となります。
ハイタッチ同等のサポートを不特定多数に向けて提供することは、企業のキャパシティ限界を超える形となり、ひいては顧客満足の低下を招きます。この問題を解決するために、テクノロジーを活用して効率化と均質な対応を実現するアプローチが、テックタッチの本質とも言えるでしょう。
各階層における顧客体験の最適化を意識し、カスタマーサクセスに導くためには、効率と効果を両立したテックタッチ施策をどのように展開するかが重要な視点となります。
なお、ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチはLTVを軸として考えるのが基本となりますが、具体的にどこまでをハイタッチ、どこからをテックタッチと分けるかは、各企業のマーケティング戦略により異なるため、上記で挙げたアプローチ方法に限らない場合も。また、LTVだけではなく、ロイヤリティ(企業やブランドに対する愛着や信頼感)の高さやITリテラシーなど、他の基準を用いて分類する方法もあります。
デジタルを活用するハイタッチ。コロナ禍で生まれた新しいカスタマーサクセスとは?

ハイタッチ・ロータッチ・テックタッチでは、人的リソースのかけ方が1つのポイントとなります。ハイタッチやロータッチでは、顧客と直接的に接点を持つことが重要ですが、コロナ禍によって顧客と対面でコミュニケーションを取りにくくなり、従来の手法ではカスタマーサクセスの向上が難しくなっている現状があります。そこで、そんな状況でも手厚いフォローを行うべく、デジタルテクノロジーを活用して、対面でのコミュニケーションと同様の感動や信頼、楽しさを与える「デジタル・ハイタッチ」という考え方が生まれました。
例えばオンラインでの商談や、ライブコマース、バーチャル空間でのイベント開催などはその代表例です。これらは、感染予防のためだけではなく、時間や場所を選ばずに顧客と接点を持てるという点でも利便性が高いため、広く活用されるようになりました。Web会議や動画配信などのシステムが普及したことにより、こうしたアプローチはますます増え、当たり前のものになっていくでしょう。
さらに今後は、デジタルが対面でのコミュニケーションを代替するだけではなく、デジタルだからこそできる、より質の高いコミュニケーションも可能になるのではないでしょうか。例えば、エンタメ領域ではアーティストのパフォーマンスとCGなどのテクノロジーを融合させたステージを作り、世界に同時配信することで、無観客で何億人もの観客に感動を届けるというライブ方式が生まれています。連動するデジタルペンライトやライブチャットなどを用いて、観客とアーティストが相互にやりとりし、より一体感のあるステージを作り上げることが可能です。これは単に「有観客ライブの代替」ということではなく、デジタルだからこそ提供できる、新鮮で刺激的な体験となります。こうした手法をマーケティング分野にも応用することで、対面でのコミュニケーションが少なくなっても、ハイタッチの要である「感動・信頼」を補完し、より効果を高めることができるかもしれません。
実際、最近のライブコマース企画では、双方向性を重視したものが増えています。チャットや投票の活用によって、かつては店頭で交わされていた会話の内容、体験が共有できるだけではなく、対面では難しかった「1対多」の接客を実現しているのです。これまでのハイタッチ施策は、限られた人に向けて対面でコミュニケーションを取り、LTV向上を目指すものが主流でしたが、デジタルの活用によって、多数に向けた同時対応でありながら、個別のニーズに合わせたきめ細やかなフォローをすることも可能に。デジタル・ハイタッチの代表的な例の1つと言えます。
コロナ禍が収束しても、社会全体としてDXが進む今、さまざまな場面においてリアルとデジタルを融合、あるいは相互に補完していく傾向は変わりません。これまで対面を基本としていたハイタッチ施策も、日進月歩で進化する新たなデジタル技術を活用することで、より効率的・効果的に「感動・信頼」を獲得するアプローチへと発展する可能性があるのです。
テックタッチ・ロータッチ・ハイタッチとは、人的リソースを効率的に利用し、LTVに合わせたフォローを行ってカスタマーサクセスを目指す考え方です。コロナ禍を経たニューノーマル時代においては、リアルな接点が減少する一方で、さまざまなデジタル技術を活用し、よりリッチなカスタマーサクセスを提供する「デジタル・ハイタッチ」の時代が幕を開けました。多くの顧客と同時にやりとりしながらも、1人ひとりに向けた対応をおろそかにすることなく、高い満足度を得るためには、各接点でデジタルをどう活用するべきか、施策と技術の適切なマッチングを検討することが重要です。