コロナ禍以後、働き方が大きく変わったという方も多いのではないでしょうか。リモートワークが可能な職種であれば、ほとんどオフィスに出社しなくなったという方もいるかもしれません。そうした働き方の変化は住む場所の変化も引き起こし、都心へ通勤する必要がなくなったことで、地方への移住に関心を持つ人が増えているようです。実際に、コロナ禍によって地方へ移住した、もしくは移住への関心が高まった人は3割に上るという調査結果(高知県高知市が2021年に実施した調査)もあり、これまでの都心一極集中の価値観が社会情勢によって転換しつつあるとも言えるでしょう。
また、こうした変化はテクノロジーの進化によってもたらされることもあるでしょう。この記事では「スマートシティ」に着目して、地方創生の可能性を探ります。
技術の発展と人口集中によって注目されている、「スマートシティ」戦略とは
近年、IoTやAI、ビッグデータ活用など、さまざまな分野において新しい技術が開発され、経済発展や社会課題の解決に向けて活用されています。こうした先進的な技術を活用して、課題解決や住民の幸福度向上を目指す都市・地区が「スマートシティ」です。国土交通省都市局では、スマートシティを「都市の抱える諸課題に対して、ICT等の新技術を活用しつつ、マネジメント(計画、整備、管理・運営等)が行われ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区」と定義し、その実現に向けた取り組みを進めています。
海外では大都市を中心にスマートシティ化が進んでいます。代表例としては、オランダのアムステルダムや、アラブ首長国連邦のドバイなど。アムステルダムでは、2009年に「Amsterdam Smart City (ASC)」という官民連携組織を設置。行政機関と企業や研究機関が連携し、スマートシティ化に向けた取り組みを始めました。例えば、一般家庭や商業施設にスマートメーターを設置してエネルギー使用量を見える化し、市民の環境意識を変革。電気自動車や太陽光発電の普及などにも力を入れ、エネルギーの効率的な利用を進めています。
ドバイでは、世界トップクラスのスマートシティを目指し、都市全体をICTインフラで整備。電子政府化やペーパーレス化が進み、スマートフォンやタブレットを通じて、休日や夜間でも行政サービスが利用できるようになりました。さらに、パトロールや道案内などの定形業務をロボットや自動運転パトカーに置き換えるなど、防犯・見守りなどにもIT技術が活用されています。
さらに、昨今スマートシティが注目されるようになった要因の1つが、都市部への人口集中がもたらす課題です。国際連合の「世界都市人口予測・2018年改訂版」によると、都市圏の人口は増加傾向にあり、2018年時点で世界人口の55%が都市部に暮らしており、2050年には68%に達すると予測されています。都市部に人口が集中すると、交通混雑の増加や感染症、自然災害などにおける被害の増大などのリスクが高まります。また、地方においても都市部へ人口が流出することで、働き手不足や産業の空洞化、コミュニティ維持が困難に。こうした問題の解決策の1つとして、スマートシティが注目されているのです。
2022年に入り、長引くコロナ禍の中、国内大手通信会社が従業員の居住地、通勤に関する規則や制限を撤廃し、飛行機による通勤なども認める方針を打ち出し、話題になりました。こうした動きに対して、スマートシティの構想を掲げる地方都市が積極的に移住を働きかけることで、快適で先進的な暮らしを低コストで実現したい人々のニーズをつかみ、新たな地方創生のきっかけとなっていくかもしれません。つまり、スマートシティは、地方創生をドライブする大きなカギになると考えられます。
スマートシティは地方の働き手不足や住みづらさを解消する

スマートシティ化を進めることは、地方創生において、大きなメリットをもたらすことが期待されています。
まず、地方が抱える大きな課題の1つは「人口減少」。特に、働き手となる若い世代が不足していることは、経済や産業の衰退などさまざまな問題を引き起こしています。その背景には「地方都市では好条件の仕事が探しにくい」「交通インフラが整っていなくて住みづらい」といった問題があります。そこで、新しい技術を導入することにより、地方産業の活性化を実現すれば、新たな雇用の創出や労働条件の改善を図ることができるでしょう。加えて、リモートワークを導入する企業が増えたことで、地方に住みながら、都市部の企業に所属して仕事をする人も増えてきています。それにより、仕事は都市部で確保しながら、生活環境の良い地方に住むというライフスタイルを選ぶ人も珍しくなくなるのではないでしょうか。
さらに、スマートシティ化によって、地方における住みづらさの解消も期待されています。例えば、地方では、都市部のように商業施設が多くないため、買い物をするにも車で遠くまで出かけなければいけないなど、時間や手間がかかりますが、ネットショッピングの普及に伴い、どこに住んでいても、欲しい物が手に入りやすい環境が整いつつあります。また、医師や医療機関が不足していることも大きな問題です。家の近くに大きな病院がないなど、「必要な時にすぐに適切な医療を受けられないかもしれない」ということは、住む場所を選ぶ上で不安材料の1つになります。しかし、オンライン診療などの導入が進めば、地方でもより安心して暮らすことができるでしょう。
交通インフラの発達も、重要なポイントです。自動運転による無人バスを運行したり、データ活用によって利用者が多い区間や時間帯を分析し、バスや電車の運行を効率化したりすることで、より気軽に移動しやすい環境を実現することができます。そうすれば、買い物や通院などがより便利に。
そのほか、子どもや高齢者の見守りなど、安心・安全に暮らせるシステムの構築、土砂崩れや河川増水といった自然災害の監視や対応を迅速に行うなど、防災対策の強化も可能です。このように、テクノロジーが地方における不便を解消することで、都市と地方の差は小さくなりつつあります。場所にとらわれずに安心で快適な暮らしを実現できるようになれば、都市より生活コストが安く、自然豊かな環境で過ごすことができる地方は、より魅力的な場所になっていくのではないでしょうか。
スマートシティによる地方創生の取り組み事例
実際に、スマートシティ化によって地方創生に取り組んでいる地域の事例を紹介します。
1.福島県会津若松市:スマートシティ会津若松
会津若松市では2013年より「スマートシティ会津若松」の推進を掲げ、まちづくりを進めてきました。人口減少が大きな問題となっていた同市では、ICT専門大学でもある会津大学と連携しながら、「住み続けることのできるまち」を目指してさまざまな取り組みを行っています。例えば、母子手帳の電子化やオンライン診療などで生活の利便性を向上。河川や水路などにセンサーを設置し、水害の予測や安全な避難経路の提示を行うシステムの構築など、防災対策にも力を入れています。
2.富山県富山市:コンパクトシティ戦略
山市では、少子高齢化による人口減少・高齢化社会への対応を目的として、2007年から「コンパクトシティ戦略」をスタートさせました。これは、県内の公共交通の利便性や中心市街地の活性化を図った上で、その沿線地区への居住を促進し、都市機能を集約させるという計画です。例えば、日本初の本格的なLRT(次世代型路面電車)の導入により、公共交通での移動を促進。さらに、市民の居住区域に各種センサーを設置して子どもたちの登下校ルートを見守り、安全確保に役立てる取り組みも進めています。
3.群馬県前橋市:自動運転バス
前橋市では、公共交通機関の運転手の人材不足や免許返納後の高齢者の安全・快適な移動手段を確保するために、AIが制御する自動運転バスを導入。実用化に向けた実験を進行中です。2022年2月には、実際に乗客を乗せて公道を走る実験を行いました。
4.埼玉県さいたま市ほか:AIによる保育所の入所マッチングシステム
さいたま市では、民間企業と連携して保育所の入所選考をAIで行うシステムを導入しました。同市の保育所の入所選考は、さまざまな条件、要望を持つ申請者がいる中で、それぞれの希望に最大限応えながら、公平性を保って選考を進めるために、非常に複雑なシステムになっており、その作業には膨大な時間や労力がかかっていました。職員の負担が大きいだけでなく、落選した申請者は次の保育所を探す時間が不足するなど、住民にとっても負荷に。そこへAIを導入することで、スピーディーに選考作業を進めることに成功。このシステムはその後、全国各地の自治体でも採用されています。
このように、スマートシティ化を進めることによって、生活の利便性の向上や、働き手不足や災害のリスク、交通の便の悪さといった、地方が抱えるさまざまな課題の解消が実現できるのです。さらに、ある地方での課題解決のために開発されたソリューションが、他の地域や都市部に導入されるケースも。地方の利便性を向上させることが、社会全体をより快適で、安心して暮らせる環境に導いてくれるかもしれません。
スマートシティ化で、今後の地方創生はどう変わる?

地方創生において多くのメリットをもたらすスマートシティですが、実際に導入するには課題もあります。例えば、住民からいかに合意を得るかという問題です。新しい技術やシステムの導入は、地域に大きな変化をもたらすもの。中には不安を感じたり、反発したりする人もいるでしょう。そのため、「スマートシティによってどのようなまちづくりを行うのか」「それが将来的に住民の暮らしにどのような影響を与えるのか」といった点を十分に伝え、住民の意見も取り入れながら合意形成していくことが求められます。また、データを活用してスマートシティの仕組みに役立てる場合、住民に対して個人情報の提供を依頼する必要があります。そうした場合、安全な方法で取得・利用する方法を確立するのはもちろん、その意義や必要性を住民に理解してもらうことは不可欠です。
地方創生の未来を考える
あなたが自分自身の住みたい場所を考えるとき、どういった条件を思い浮かべるでしょうか。自分の言葉が通じるかどうかといった言語の問題などから始まり、治安や働きやすさ、子育てのしやすさ、家族の介護や家業の継承、さらには自身の好みや趣味嗜好といったパーソナルな事情なども加味して、未来の居住地を思い描いているはずです。
これまでの日本が大都市一極集中で、人口過密を引き起こしてきた背景にも、上記のようなさまざまな事情を加味した、個々人の選択の積み重ねがあるでしょう。しかし最近では、コロナ禍によるリモートワークの推進や、スマートシティの構想などがそうした状況に一石を投じるようになっているのです。今後はオンライン上の仮想空間「メタバース」などの活用も進み、これまで都市部でしか体験できなかったサービスやアクティビティなどが地方にも提供できるようになり、さらなる地方創生のきっかけになることも考えられます。テクノロジーの力によって、地方がもっと働きやすく、住みやすくなれば、日本の人口分布は大きく変わるかもしれません。
つまり、これからの地方創生について考える際に重要なのは、「コロナ禍」「働き方改革」「スマートシティ」「メタバース」など、今起きているさまざまな社会的な事象、テクノロジーの進化などをつなぎ合わせ、未来への道筋を描いていくことではないでしょうか。ただし、社会の状況やテクノロジーありきではなく、その場所に住む人が何を求めているのかを考え、それぞれが幸福感を感じられるようなまちづくりを進めていくことも忘れてはいけません。
スマートシティは、人口流出や産業縮小など、地方都市が抱えるさまざまな課題を解決する手段として注目されています。社会情勢の変化やテクノロジーの進歩を捉えながら、個々人の幸福追求にどうアプローチしていけるかを考えていくことが、地方創生のカギとなり、新たなビジネスモデル創出のきっかけにもつながるはずです。