お客さまのお買い物行動のリアルを把握し、分析することで、課題を見つけることができる「ID-POS」。さまざまな施策を考えることが可能となる、小売業に携わる方にとって非常に重要なデータですが、分析方法を誤ると、うまく活用できないこともあるといいます。
今回は、ID-POS分析の専門家であり、小売・流通業へのコンサルティングやメーカーへのプロモーション支援経験も豊富な、株式会社電通プロモーションプラス(旧社名:株式会社電通テック)の小沼淳氏と、株式会社電通リテールマーケティングの杉本秀樹氏、浅野晋伍氏の3名へインタビュー。後編では、ID-POS分析の注意点や、利活用の可能性について話を聞きました。
全体を俯瞰してデータ分析しないと、本当の課題を見誤る可能性も

Q.データ分析をする上で、「陥りやすい罠」はあるのでしょうか?
杉本:やはり、一番気を付けなければいけないポイントは、「全体を俯瞰して見る」ということだと思います。例えば、とあるブランドの売り上げがなぜ落ちているのかを分析する場合、購買層の推移など、とにかく深く掘り下げて見ていき、原因や課題のポイントを突き止めようとする。しかし、一歩引いて俯瞰して、そのお店の売り上げ全体を見てみると、単純にお客さまの全体数が減っているだけ、なんていうこともあるんです。CMが放送されたとか、その内容が良いとか悪いとか、競合がどんな動きをしているとか、ブランド周りの事柄に踏み込んでいくと、いろんな仮説が出てくるのですが、そもそもお店に来てくださるお客さまが減っているのは、そういう事情が関与する前の段階ですよね。つまり重要なのは、いきなり「点」で見るのではなくて、逆三角形のように、上位からどんどんブレークダウンして見ていくことです。
もう1つ陥りやすいパターンは、明確な目的を持たず、取りあえずデータを回して分析しましたよ、というようなケースですね。そこで結果は一応出るのですが、「で、何をすればいいんだっけ?」となってしまう。ただ分析結果を眺めて、何となく悶々として、いろいろ分析した気持ちになって、それでおしまい、となってしまう。何らかの意思決定をするという意識を持って分析をしないと、結果がその先につながりません。私たちも顧客企業にご報告をしながら、「で、それでどうすればいいの?」とお叱りを受けることも多く経験してきました。
さまざまなデータを統合していくことで、パーソナルなアプローチが強化されていく
Q.ID-POSは、リアル店舗での購買データですが、そこにオンラインの購買データを統合して分析するということはできるのでしょうか?
杉本:オフラインデータとオンラインデータの統合は、近年増えています。それぞれのデータで共通のキーがあれば簡単にできますから。統合すれば、お客さまのオンラインとオフラインの使い分けパターンが見えてきますし、単なる購買データだけでなく位置情報やアプリの情報も加えていくことで、お客さまの行動をより詳細に見ていくことができるんです。ただ、オンラインとオフラインとで共通のキーがない場合は、ある程度推測でデータを統合するようなケースもあります。
浅野:データの統合方法には、「断定型」と「推定型」があります。「断定型」は、例えばメールアドレスがキーになり、同じメールアドレスであれば、同じIDだと言える。そういったキーとなる共通のデータがない場合は、「推定型」でデータ統合を試みます。推定型のどこまでが「同じ人」だと判定するかのロジックづくりはやや大変ですね。精度を上げていくためには、ベースとなるデータを整備しなければいけませんから、その辺りの工数はどうしてもかかってしまいます。
Q.実際には分析結果をどのように活用し、次のアクションにどう生かしていくのでしょうか?
杉本:分析結果を生かしていく領域は多岐にわたりますが、例を挙げれば「不振店対策」「商品開発」「ターゲティング」「競合調査」「価格改定」などですね。そして最終的には経営層の意思決定に反映させていきます。例えば小売業の場合、まずは経営層に対して、0次分析的に現況を一通り可視化しますが、その時には「チェーン全体」「店舗軸」「商品軸」「顧客軸」という4つの軸で分析し、その先のアクションに生かしていきます。
ある外食業の企業では、「季節商材」の効果検証を実施。いくつかの店舗で売り出した期間限定商品について、価格設定や見せ方が良かったのかどうかを検証し、次回のリニューアルをどのように展開するかの判断材料にしていただきました。
その期間限定商品の売り上げランキングや来店客購入率、リピート率、1人当たりの平均単価などを見ていくと、その商品は「高くても買っていただけている」ということが見えてきました。つまり、安売りしなくても大丈夫、ということです。また、購入者の特徴としては、年代や性別の幅が広い。ということは「女性向け」「若者向け」ではなく、老若男女全体を意識した見せ方が有効だということになります。さらに、買っていただいた方は、優良顧客の比率が高いということも分かりました。そして、ドリンクや他の定番商品と一緒に買うパターンも多かった。
これらの分析から、優良顧客に喜んでいただけそうなエクステンションを広げていくとか、ドリンクや定番商品とのお得なセットを広げていく、トッピングを増やしてその分価格を上げていく、などの可能性が見えてきました。それらを踏まえた上でリニューアルを実施したところ、計画の4倍の売上を達成することができたのです。
Q.最後に、ID-POS活用の今後の展望について教えてください。
杉本:ID-POSは、最終的に購買した履歴のデータであり、非常に重要なアクチュアルデータです。このデータを他のデータと統合していく流れはますます進んでいくでしょう。そうやってIDベースで物事を考えていくことは、すなわち「個人」を考えていくことになりますので、施策も変わってくるのではないかと思います。いわゆるマスターゲットに広告を投下していくよりも、既存のお客さまをどう刺激するかというパーソナルなアプローチが増えていくのではないでしょうか。
小沼:今後、データとデータをつないでいくと同時に、データをデバイスやツールとつなぐ、ということも進んでいきます。データをスマートフォンとつなぐことで、「この商品を買った人にアプローチする」といったことができるようになります。あるいは、スマートフォンだけではなくサイネージとつなげば、リアルな場でアプローチすることも可能になる。私たちとしては、「プロモーション全体の効果を最大化していく」という視点の中で、さまざまな施策を実践し組み合わせていきます。このID-POS分析も、その中の重要なファクターです。お客さまに商品を買っていただき、購入を継続していただくにはさまざまなジャーニーがありますが、そのジャーニーを捉えた上で、ポイントをしっかり押さえて対応していくことに豊富な実績や強みを持っています。その中で、SNSを活用したりLINEを使ったり、さまざまな施策をあの手この手で展開しながら、フルファネルでお客さまとつながり続けられるような武器をそろえてプロモーション効果を最大化できる集団として、皆さまのお役に立ちたいと思っています。
リアル店舗の購買データであるID-POSをオンラインの購買データと統合するなど、さらにデータの利活用が進んでいけば、アプローチ方法の可能性も多様に広がっていきます。しかし、何よりも重要なのは、「お客さま1人ひとりを見る」という姿勢なのです。ID-POS活用の広がりは、よりお客さま「個人」を考えていくことになるのではないでしょうか。企業が成長するヒントは、必ずお客さまの中にあります。まずは、何よりも自社のお客さまの姿やニーズを正しくつかみ、あらためて自社のアプローチや振る舞いを見直してみてはいかがでしょうか。
※株式会社電通テックは2022年4月より株式会社電通プロモーションプラスに社名変更しました。
※所属・役職は掲載当時のものです。