人が人に想いを伝えたいとき、言葉で伝える。文字で伝える。ジェスチャーで伝える。映像で伝える。いろんな方法がありますが、「脳波で伝える」という新たなチャレンジが始まっています。たとえ体を動かせなくても、言葉を発することができなくても、脳波によって意思を伝えることができるコミュニケーションツール「 NOUPATHY」をはじめ、脳波を活用したソリューションについてご紹介します。
脳波の活用が、ALS患者のコミュニケーションに新たな可能性をもたらす
皆さんは、ALSという難病についてご存じでしょうか。日本語では「筋萎縮性側索硬化症」という病名になりますが、運動神経系が少しずつ老化して使えなくなっていく病気です。徐々に身体の各部の筋力が低下し、手足が動かなくなっていく。さらには声が出せなくなり、重度になると自力での呼吸が難しくなったり、目も動かせなくなったりします。しかし、その最終段階まで病状が進行しても、聴覚と脳波は正常であることが分かっています。
音と脳波で意思を伝えるツール「NOUPATHY」

この聴覚と脳波を活用して、「音」と「意志」を紐づければ、体を動かせない、言葉を発せないALS患者の方とコミュニケーションが取れるようになるのではないかと仮説を立てました。そしてこの課題解決のために、私たち株式会社電通サイエンスジャムが、一般社団法人WITH ALSの協力を得て開発を進めているのが「NOUPATHY」というコミュニケーションツールです。「脳波で想いを伝える」ということで、「脳」+「テレパシー」で「NOUPATHY(脳パシー)」と名付けられました。
人は、特定の音をあらかじめ選んでおけば、その音が流れた時に「この音だ」と認識することができます。この認識するタイミングで発生する特別な脳波を、NOUPATHYで読み取ります。例えば、カエルの鳴き声は「飲み物を飲みたい」という意味、アヒルの鳴き声は「吸引してほしい」という意味といったように、音と意志を紐づけて設定。その上で音を流し、どの音に反応しているか脳波を測定するのです。この音と脳波を把握することにより、言葉がなくても意思を読み取ることができます。
感性的な評価も、脳波を活用すれば科学的に検証できる
NOUPATHYは、医療従事者やALS患者の皆さまと共に開発を進めており、その読み取り精度は、現時点でおおよそ8割を超えるくらいのところまで達しています。しかし、一般的に利用できるものとして商品化するにはさらに精度を高めなければいけないので、引き続き開発を進める必要があります。
脳波の研究はまだ未知の領域が多いのが現状です。脳波は、個人ごとに違うのはもちろん、同じ人でも日ごとに変わります。ある人ではNOUPATHYとの相互性の精度が9割だとしても、他の人だと5割ということもありますし、普段は精度9割の人でも、眠い時やモチベーションが上がらない時はそれだけで精度が落ちてしまいます。その中で、常に9割以上の精度を出すのは本当に難しい課題であり、日々チャレンジを続けています。それでも、これによってALS患者の方とのコミュニケーションが今まで以上にスムーズに行えるようになれば、新たな希望につながるでしょう。
脳波によって、感性を計測する「感性アナライザ」
NOUPATHY以外にも、「脳波を計測し、それをマーケティングや評価指標に生かす」という取り組みはかなり実践されてきています。電通サイエンスジャムが慶應義塾大学と開発した「感性アナライザ」は、脳波計で取得したストレス度・興味関心度・快適度・集中度・眠気度・沈静度・好き度などの感性を把握することができる簡易型評価キットです。例えば、映像やイベントなどによって、どのくらい顧客の感性に訴えることができたか。以前はその効果を測定する方法はアンケートやインタビューしかありませんでしたが、脳波によって、科学的に明らかにできるようになりつつあります。
森林環境がメンタルヘルスに与える影響を脳波で測定
最近の事例としては、「森林環境における親子向けの保養プログラムが子ども(小学生)のメンタルヘルスに与える影響」について、脳波から検証していくという取り組みも行われています。この調査の結果では、「森林で過ごすことが子どものストレスを軽減する効果がある」という可能性が示唆されました。森林環境が子どもにとって良い影響をもたらすだろうということは、これまでも感覚的には理解されていましたが、脳波測定によって、それを科学的に検証できるようになったのです。
測定デバイスの進化が、脳波活用の可能性を広げていく

脳波測定をより一般化し、脳波を活用した新たなコミュニケーションを生み出すためには、測定のためのデバイスとしてどういうものを使うかも、非常に重要な要素となります。測定精度を高めるためには、電極やワイヤーがたくさんついているヘッドギアのようなものを装着したほうがいいのですが、それでは取り付けるのも大変ですし、大きくて使いにくい。さらに、高価なものになると、一般の人が日常的に使うのは非現実的です。しかし、テクノロジーの進化により、測定器そのものを小型化・簡素化できるようになってきています。そうなれば、さまざまな場所に持ち歩いて測定することが可能になり、脳波をコミュニケーションに活用するだけではなく、評価や分析のツールとして用い、マーケティングに生かすなど、さまざまな取り組みがより実現しやすくなるでしょう。デバイスの進化も、脳波の可能性を広げる上で、重要な役割を果たしているのです。
脳波測定は多くの可能性を秘めています。脳波によるコミュニケーションが可能になれば、「念じれば伝わる」というSF世界が現実になるのも、そう遠くはありません。また、これまで「何となく良いとは思っていたけど、それをうまく説明したり実証したりできなかった」という商品やサービスも、脳波を測定することで「脳に良い影響を与えている」という事実を科学的に明らかにすることができます。そのようにして客観的に価値を証明できれば、その商品・サービスに対する信頼感は高まり、より多くの人に訴求していくことにもつながるかもしれません。ニューロ・サイエンスへの注目や期待は今後もますます高まっていくことでしょう。