新型コロナウイルス感染症をきっかけに、かつてないほどの大きな変化を経験しているスーパーなどの小売店舗。各社は「お買い得」を追求するこれまでの路線から、お客さま目線を大切にした差別化戦略へと転換を図り、さまざまな模索を続けています。
多くの創意工夫と挑戦が繰り広げられるそうした小売現場の「今」を伝えるため、流通・小売業の販促支援を専門とする株式会社電通tempoの市川敦子氏、永野薫氏、田野愛理氏にインタビュー。中編となる今回は、買い物に対するお客さまの価値観の変化やメーカーサイドに求められる姿勢について掘り下げます。小売業で働いていらっしゃる方はもちろん、小売業と関係の深いメーカーにお勤めの方も必読です。
コロナ前と後で、お客さまの期待や購買行動はどう変わったか
Q.前編では、コロナ禍をきっかけに「お客さま起点へ」という大きな転換を遂げつつある小売店舗の変化についてお聞きしました。では表裏一体ではあると思うのですが、消費者側、お客さま側の変化についてはどう捉えていますか?
市川:極端に言えば、コロナ前のスーパーでのお買い物は、「夕食の材料を買うために」「安いものを買うために」行くのが目的でしたが、コロナ禍になって「買い物自体の楽しさ」に改めて気づいたのではないでしょうか。イベントが開催されなくなったり、多くのお店が閉まってしまったり、会社にも行けなかったりする、そんな毎日の中で、もう出かけられるのは近所のスーパーとかに限られてしまった。そうなると、「歩いてスーパーに行って商品を見る」という行為自体がエンターテインメントになります。その結果、「お店に人がついた」というところもあるようです。
田野:市川が言ったことと関連するのですが、コロナ禍になって、店員さんの対応1つでお店にお客さまが定着したり離れたりするという要素が大きくなったと、たびたび聞くようになりました。コミュニケーションがどんどんオンラインに移っていく中で、店舗での買い物は数少ないリアルな人との接点となっていました。その結果、1回のコミュニケーションの重要さが高まってきているのではないでしょうか。同時に、「買い物=エンタメ」「買い物=気分転換」という要素も強くなってきたことから、リアルな接点としての重要さがいっそう高まってきたように感じます。
永野:その一方で、お客さまの店舗での行動で言うと、コロナ禍以降、試食ができなくなり、「新しい商品と出会う」チャンスが減ってしまっています。あるいは、「これって何だろう?」「どんな特徴があるんだろう?」なんて考えながら商品を手に取ってパッケージを眺めて、「ああ、今日は買わなくていいや」と思って棚に戻すような行動も難しくなりました。その結果、定番商品やいつもと同じ商品を買いがちになります。ですから今、商品と出会う楽しみがもう少し増えるといいな、というニーズがあるのではないかと思っています。
「密になれない=集客できない」状況に対する、店頭の対応は?

Q.売上アップのためには集客が重要で、これまでは安売りや特売などで集客するのが小売施策の基本だったと思います。しかし、コロナ禍においては「密」対策を取る必要があるということもあって、「たくさんお客さまを集める」ことができなくなっているのではないでしょうか。そのあたりの難しさにはどう対応しているのですか?
市川:そうですね、例えば私が担当している小売クライアントで言えば、今年も「初売り」の大きなイベントはありませんでした。そもそも元旦は休業にしました。つまり、今までは最も売上が上がるタイミングであった元旦を休みにして、従業員にも休養してもらうわけです。お客さまも、それはいいことだと受け止めてくださっています。やはり「安心・安全」が第一になっていますよね。
そうした中、大きな特売セールのような企画は打ち出していませんが、その代わりに「〇〇フェア」というような新しい企画、鮮度のある企画を増やしているように感じます。
永野:具体的に言えば、「北海道フェア」の回数が増えましたね。今までは年2回だったのが、年4回に増えました。それ以外には、「アジアンフェア」とか「中華フェア」などがこまめに入ってきて、そういった施策を日常的に入れていくようになりましたね。1度にたくさん来ていただくというよりは、細かく頻繁に来ていただくという方向に向かっています。
田野:それまで元旦に開催してきたガラポンイベントを、今年はLINEと連携してオンラインで実施しました。LINEとお店のポイントカードの情報を連携させて、「たくさんお買い上げいただいたお客さまは、たくさんガラポンができる」という代替サービスに切り替えたんです。こんなふうに大きく集客はしないけれど、お客さまを飽きさせないような取り組みは工夫して展開しています。
Q.コロナの影響でEC利用率が大きく上がりました。そんな中で、小売店舗のデジタル対応も大きく進んだのではないでしょうか。皆さんから見て、「小売業のデジタル対応」はいかがでしょうか?
市川:もちろんEC利用率は増えていますが、同時にリアル店舗においても、大きく変化する途上にあるのではないかと感じています。例えば先ほど話が出たように、リアル店舗での試食ができなくなって、じゃあそれに変わるものをどうオンラインでやればいいのか、というテーマが出てくる。店頭とオンラインを使い分けながら、大切なのは「お客さまのお買い物体験を楽しくする」という文脈において何ができるのか、なのではないでしょうか。
永野:確かに、今までよりもデジタルへの切り替えは進んだと思います。店頭キャンペーンについても、かつては「ハガキでの応募」だったのが、今ではデジタルだけで完結できるものも増えました。ただ一方で、高齢者のお客さまが多い店舗ではデジタル施策にお客さまがついてこられるかという問題もあります。特にスーパーのような業態は、人々の日々の生活に密着しているプラットフォームみたいなものなので、デジタル化というよりも「日々のお買い物にどう寄り添うか」の方が大事。そこにデジタル化がどう貢献できるかということかなと思います。
小売店舗と向き合っているメーカーから寄せられる相談とは
Q.小売サイドのお話はいろいろと伺うことができました。では、そこに商品を並べたいメーカーからは、最近どのような相談を受けることが多いのでしょうか?
市川:メーカーサイドの要望としては、基本的には「小売店舗で棚を取りたい」ということになりますよね。そうしたご要望を受けて、「小売業は、今こういう動きがありますよ」とか、「バイヤーとはこういう商談をすればいいですよ」ということをお伝えしています。メーカーは消費者のことはすごくよく考えていますが、それと比べて小売サイドの事情を詳細まで理解できていないことが多いようです。そこで、小売店舗がどのように売りたいと思っているかという点をお伝えするようにしていますね。
永野:コロナ禍になって、メーカーの方に一番聞かれたのは、「試食の代わりに何ができるか」ということでした。やはりメーカーにとっては、味を知ってもらうことが非常に重要なのですが、コロナ禍では試食販売ができない。では、これがどんなにいい商品かをいかにして知ってもらうかが、悩みのポイントになりますね。
あと市川の話と重なりますが、「バイヤーとどう向き合ったらいいか」ということ。メーカーのマーケティング部署の企画だと、どうしても自社商品目線になりがちで、結果的に小売サイドがあまり選ばない、好まないような施策を考えてしまうことが多くあります。ですから、メーカーの視点と小売の視点を調整していくのが私たちの仕事かな、と。極端に言えば、自社商品だけではなくて他社商品を含めた売り場の提案までできればいいのですが、普通はなかなかできないですよね。
バイヤーとしては、自分の担当の棚が売れてほしいわけで、盛り上がるのであれば複数社の商品を並べて盛り上げていきたいわけです。それらを魅力的にみせるテーマの作り方が重要になってきます。
田野:私が取り組んでいるLINE施策の中で、メーカーの売り上げアップに貢献できた事例があります。LINEのユーザーに「この商品を使ったときのエピソードを教えてください」と募集して、応募された素敵なエピソードを店頭POPに活用するという施策を実施しました。そうしたらPOPを出した店舗では売り上げが上がって、施策はとてもうまくいったんです。先ほどから話が出ているように、「試食ができない」今だからこそ、「おいしかった」「商品にこんな思い出がある」といったユーザー目線のエピソードが背中を押したのかなと思います。
コロナ禍をきっかけに、日々の買い物に対するポジティブな想いを呼び起こしたスーパーの現場。「買い物=エンタメ」「買い物=気分転換」というお客さまの気持ちの変化を受けて、小売店舗が果たすべき役割も変わりつつあるようです。
そうした変化を象徴するのが、頻繁に開催されるようになったご当地グルメフェアやオンライン連動イベント。大きく集客できない代わりにこまめに手を打つことで、お客さまを飽きさせない創意工夫を凝らしています。
また、日々目まぐるしく変わる小売現場に対して、メーカーサイドも発想の転換を迫られています。自社商品目線を大切にすると同時に、小売目線にも立った売り場企画を提案できれば、店舗のバイヤーの心をつかむことができるはずです。次回はチラシの果たす大切な役割と小売現場の2022年予測について、じっくりと話を聞いていきます。